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小説家としてのバイブル

小説家をやる上でのバイブルと呼んでもいい本がありまして。それが、森博嗣先生の『作家の収支』(幻冬舎新書)という本なんですけれども。

この本はですね、森先生が自分の作家人生の収支に関して、実際のデータを多数交えながら語るというものです。ここで引用されているデータというのが、まずすごいインパクトなんですね。例えば、1996年から2015年までの刊行点数の推移とかびっくりします。2000年以降、年間の刊行点数が10冊を下回ったことがない、という驚異的なスピードでして。一番多かった年は2004年で、年間27冊。ちょっと信じられない刊行ペースですね。

何と言ってもすごいのが、印税額の推移。これは1996年から2014年までの、印刷書籍の印税額をありのまま載せてるんですけれど。これは是非、興味のある方は読んでいただきたいんですが。1年目から1134万円。2000年には約9000万円に達して、9年間、年間1億円前後の印税収入を維持しています。

作家が単年の印税額を公開するような事って、今までもたまにあったと思うんですけれど。ただ十数年分にわたって、ここまで詳細につまびらかにしているデータっていうのは、紙の印税収入だけとはいえほぼないんじゃないかと思います。こうしたデータで、まず森先生の超人的な刊行スピードや収入の額に圧倒されるわけです。

ただ、森先生の創作ペースや桁違いの印税収入はあくまでとっかかりでしかないというか。僕は、この本の一番大事なメッセージは、「小説家というのは仕事である」ということだと思うんですよね。森先生は次のような文章を書かれています。(p.95)

スポーツでは、同じ距離を走って時間が短い方が勝者になるが、小説家は、執筆時間が短くても長くても、原稿料や印税は同じである。したがって、ある程度の思考力と発想力さえあれば、才能の有無はほとんど関係がない。これは、スポーツではなく、仕事なのだ。仕事という行為は、基本的に多くの人々に可能なシステムが構築されている。向き不向きはあっても、できないという人は少ないだろう。

森博嗣『作家の収支』(幻冬舎新書)

小説家というのは仕事なんだと断言されている。時間と労力をかけることで、多くの人ができる仕事であるということを明言してくださっている。これは勇気づけられることでもあると思うんですよね。というのは、才能による比重が大きいと考えてしまうと、「自分になんか書けない」とか「どうしてできないんだろう」みたいな思考に行ってしまいがちだと思うんです。一方、「これは仕事なんだ」と思えば、時間をかけて思考と発想をすれば誰にでもできることなんだと思えば、一つの救いになると思うんです。

他にも印象に残っている文章がたくさんあって。(p.69)

逆に言えば、作家は営業というものができない仕事なのだ。「もの凄く面白いものを書きます」と意気込みを示しても聞いてもらえない。なにしろ、意気込みよりも、完成原稿がものを言う。

森博嗣『作家の収支』(幻冬舎新書)

僕もSNSで発信したり、このnoteを書いたりしていて、これもマーケティングや営業行為と受け取ることもできるんですけれども。でも結局、面白い原稿を書けないと作家としては仕事をつないでいくことができない、っていうことは肝に銘じておきたいですね。

森先生の考え方って、合理的とかドライといった言葉で表されることが多いような気がするんですけど、人情的なところもあって。すっぱり仕事を辞めたいんだけれど、お世話になった編集者から頼まれると全部は断れないよね、っていう話が出てきたりとか。そういうところも含めてすごく魅力的な方だなと思います。

僕は文章の書き方とか作家のなり方みたいなハウツー本はあまり読んだことがないんですけれど。ただこの本と、同じく森先生の『小説家という職業』(集英社新書)だけは、よく読み返す本です。今でも、作家として迷った時とか、やる気を出したい時には読んでますね。


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2023年10月分の活字ラジオです。

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