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INFJと不登校(引きこもり)

私は高校生の時、初めて不登校になった。
具体的にいつから学校へ行けなくなったのかは、正直はっきりとは覚えていない。
だが入学して大分早い時期に不登校になったと記憶している。

私は何月何日などの数字を記憶するのが苦手で、いつも当時のあやふやな状況を思い出すことで、それがいつ頃の事だったのかを推察しているのだが、
確か夏が始まる前、文化祭の準備をしていた頃、ゴールデンウィークが終わった後、割とすぐ…だったと思う。
つまり5月の中頃くらいから、学校に行けなくなってしまったのだ。

別に虐められていた訳でもないし、クラスに馴染めなかったわけでもない。
頑張って自分から声をかけて友達も出来た。
宿題なども期限を過ぎることなく、毎回提出できるように心がけていた。
新しく入った部活も、頑張ってやっていこうと張り切っていた。
…それでも不登校になってしまった。

昔から学校は苦手だったけど、高校生になり、新しい環境で青春を送る自分を想像して、それなりに楽しみにしていたのに。

今だからこそ分かる、なぜ不登校になってしまったのか。その原因のひとつとして考えられるのは、全く新しい環境での学校生活だったことだ。

中学での知り合いもほとんど居ないし、場所も遠く離れている。
校舎や部活動、授業中、昼休みの過ごし方など、どれもが全部新鮮なものばかり。すれ違う人全員が面識のない学校生活。
そんな何もかもが一変した学校生活を送ることになり、単純にとても疲れたのだ。
とにかく毎日がしんどかった。
学校が終わってバスに乗り家へ帰っている最中も、毎回疲れ果てて死んだ顔をしていただろう。

当時はまだmbtiの存在など知らなかったし、もちろん自分がHSP気質でINFJだということも知らなかったので、なぜ自分がこんなにもしんどくて大変なのかが分からなかった。
ただ漠然と胸の中にモヤモヤとしたものがあって、それが毎日学校生活を送る中で、どんどん大きくなっていった。

学校へ通っていく内に、だんだん朝起きるのが辛くなってきた。通学バスに乗っている最中も、もう嫌だ、行きたくないという思いが強くなっていき、毎日が憂鬱だった。
午後になり、やっと授業が終わったと思っても部活動で帰りは遅くなる。家に帰ればやらなければならない課題が残っている。
そんな生活で心が折れかけていた時、最後のとどめを刺すかの如く、「文化祭の準備があるからこれからはもっと帰りが遅くなる」と報告を受けたのだ。
今までの学校生活でも倒れそうなくらいキツかったのに、これから文化祭が始まるまで帰りは夜の9時くらいになるかもしれないと言われた。
その時のことは今でも覚えている。
誇張表現ではなく、リアルで目の前が真っ暗になるような衝撃が走ったのだ。

それから、本格的に学校に行きたくない、いやもう行けない。体も精神も限界になり、家に引きこもるようになってしまった。
誰にも会いたくなくて、ずっと寝て過ごしていた。
ずっと夢を見ていれば現実に向き合わなくて済むから。
親は何も言わずに学校へ行かなくなった私に、無理に登校しろとは言わなかった。

不登校になり、担任の先生との面談があった日も、自分のことを話そうとすると涙が出てきて、結局何も話せなかった。
学校の皆からすれば不思議だっただろう。特に何の問題もなさそうな生徒がいきなり学校に来なくなったのだから。
でもその時は、自分でも自分が分からなかった。
何故学校に行けなくなってしまったのか、その理由を言語化することが出来なかった。
勉強についていけないだとか、いじめにあっているだとか、そういう理由らしい理由じゃなかったから。
ただ漠然と、なんとなく辛いだけ。
学校に行くのがしんどいだけ。
そんな理由で不登校になってしまった自分も訳が分からなくて、ただ泣くことしかできなかった。

正直、当時の記憶はモヤがかかったかのようにおぼろげだ。
それは私が思い出したくないから思い出せないのか、最後らへんは毎日が疲れていて記憶することもままならなかったのかは分からないけれども、こうして文章に纏めてみると意外と気付きがあったりする。

当時は分からなかった自分の過剰な疲れの正体も、今なら何となく分かるし説明ができる。
それは、慣れない環境の中、どうにか普通の人と同じように学校生活を送ろうと、頑張りすぎていたからだと思う。
人によっては甘えだとか、何も大変じゃないと言われるようなことでも、私は酷く疲弊してしまう気がある。
でもそれが本当に私だけなのか、それとも皆も同じ様に感じているけれど他人に見せないだけなのか、それが分からなかったから、自分だけが役立ずで出来損ないだと思っていた。
というか、今でも私は自分のことを社会不適合者だと思ってはいるけれど、なぜ社会に適合することが難しいのか、原因が分かっているだけでもまだマシかな。

不登校になり、家でも半分引きこもりだった自分が、
一度親に連れられて外へ出てみたことがある。
その時に初めて親に、「学校には行きたくない」と告げることができた。
それを言うだけでもめちゃくちゃ怖かったし、声が震えてそれ以上の言葉が出なかったけど、
親は優しく「行かなくていいよ」と言ってくれた。
そこは小さな飲食店の中で他の客も居たし、親の目の前で泣くなんて、歳柄にもなく恥ずかしいと思ったけど、涙が止まらなかった。

そんな思い出を書き出してみて、正直今もうるっときている←

高校生活の特有の所謂"青春"は送れなかったけど、その後、通信制高校に通ってなんとか高卒認定は取れた。
通信制の方が個人的に私に合っていた。
面倒な人間関係やクラスなどはなく、個人でレポートなどを進めれば良いだけだし、通学も決まった日にちだけくれば良いのだ。
色んな人が居たけど、無理に他人に干渉しない空気感が心地良かった。

もし今、自分の環境が合わなくて悩んでいる人も、1回違う環境に身を置いてみれば上手くいくこともあるかもしれない、
というお話でした。

INFJ、INFP、またはHSPの人も、普通の人が当たり前のように生活できていることが、自分にはしんどく感じることがあると思う。
現に、今もまともに働くことができていない私が居る。
このままずっと無職は貫けないけど、働くのは死ぬほど辛い。
どうすればいいのか、今も分からないままでいる。
結局高校生の頃から、しんどいことはしんどいまま続いていく。
これがINFJ、またはHSPの呪いだとでも言うのだろうか。
次回、INFJ生きるのに向いてない の巻。
絶対見てね!デュエルスタンバイッ!

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