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【第三話】窓を割ることにした。

 窓を割ることにした。

 窓を割った経験なら五回くらいある。山に放置されていた車のフロントガラスを割ったのが一回と、空き家の窓を割ったのがニ回と学校の窓を割ったのがニ回。
 そのうち事故はニ回だからわたし自ら(?)率先(?)ふざけて(これが一番しっくりくる)割ったのは三回だ。
 このくらいだから手慣れているってほどでもない。きっと川崎にはもっと窓パリンパリン割りまくっている不良が溢れているんだろう。いつか行ってみたい不良の国。
 わたしは足元に落ちていたでっかい石を拾う。四段の脚立に上る。どこを割ろうか迷ったが、うっすらと上向きになっている錠が見えたのでそこを狙うことにした。
 パリン。
 窓が割れる。あんまり綺麗に割れなくて、このままだと腕を傷つけてしまいそうなので丁寧に割ることにする。結果的に一枚の窓半分ぐらい割れてしまって、これが冬だったら大変だなと思う。今が春で良かった。これからもっと暖かくなるだろうから。
 石を落とす。
 手を差し入れ錠を下向きにする。
 ここでふとおかしなことに気付く。
 ……いやに静か。
 さっきからくそうるさい犬の鳴き声はともかく、お母さんたちの声がしない。……もしかして出掛けてるって線あったりする?
 わたしはぶわっと汗が出る。
 奴らが表に出るという可能性を考えて、しかも自分がお母さんたちの行動を一切制限掛けていなかったことに今更ながら気付く。
 やばい。
 近所の人に見られたらなんて答えればいいの。ふつうに見たまんまだろ。増えました、って言っとけよ。脳内でタメダが半笑いで言う。本物のタメダはタバコ吸わないけど、わたしの脳内タメダはタバコをくゆらせる。よくくゆるらせる。そっちのが格好いいのに。タメダはタバコ吸わない。
 あ、いけない。
 へんな方向に頭がいってる。
 わたしが危険視しているのはよくあるやつだ。研究機関にお母さんが連れてかれるってやつ。アニメや漫画でおかしなことが起こった際に、実際にはアニメや漫画でもあんまりおきないけど、おかしなことに遭遇した際の主人公への脅し文句としてよく使われるやつ。ほら、考えてもみろ。もしもこんなことがバレたら――って、アレ。
 実際に起きるのは警察への通報、か。
 いや、ちゃうちゃう。ネットに画像アップかな。ふぇいくだって言われるのがオチだろうけど、今の状態のお母さんを表に晒すのはちょっと……。赤ちゃんバージョンとかね。治んないってタメダには言ったけど、もしもお母さんの病気が治ったとき、自身の恥がネットに永久に残っていると知ったらお母さんどう思うか分からないから。そういうのはできるだけ阻止しないと。
 うん。
 ここまで体感一秒、なんてことはなく。わたしはたっぷり五分ぐらい脚立の上で固まっていたはずだ。

 それが良くなかったのだろう。

 ガラリと窓を開けた。
 
 わたしはすりこぎ棒でお母さんに殴られた。
 
 あんなに怖かった脚立は、実際に落ちてみるとたいしたことがなかったと知れた。それよりも頭が痛い。地面は硬いが衝撃はさほどでもなかった。落ちたときに足首引っ掛けたせいで、ちょっとだけ右足首が痛いだけ。

 でもそれより。なにより。
 
 殴ったのがわたしだと知ったお母さんが自分がやった行動にショックを受けたのか、ギャーギャー泣き叫んでいるのが何より痛い。
 キツイ。
 おんなじ顔したお母さんがトイレの狭い窓から三人顔を出して下を覗いて三者三様の様子で泣き叫んでいるのがキツイし怖いし気持ち悪いしわたしはどうしていいかわからない。犬も叫ぶ。猫も鳴く。わたしもべつにそんなんでもなかったけど、状況の混沌さにせっかくタメダに勇気をもらったのに早々に挫けそうになって涙が出始める。
 じゃり、と顔の横で音が鳴った。
 うるさすぎたのか、殴られたショックなのか気づかなかったようだ。
「馬鹿しかいねえんだな」
 わたしの横に立つお母さんが言った。
 心底から嫌そうな顔。
 お父さんと離婚する前によく浮かべてた顔。
 わたしはこのときのお母さんが嫌いだった。口調は全然違うけど、その時のお母さんにすごく似てる。当たり前か。本人なんだから。
「うるせーよ、お前ら。黙れ。窓閉めろ。段ボールでもなんでもあんだろ。ないならビニールでも貼っとけ。ガキ。お前がやれ。泣くな。それか婆さん。てめえでもいいや。お前が言い出したんだろ。責任持てよ。つかお前何で毎回こんなとこから入ってくんだよ。馬鹿じゃねえのか」
 手を引かれた。
 掃き出し窓を通って家の中に入った。
 犬にめっちゃ顔舐められた。
 もういいだろ、とでも言うように手を離したお母さんの背中に向かってわたしは言う。いつも見上げている大きな背中に。
「お姉さん」
「お母さんなんだろ」
 そう吐き捨ててカラカラと笑った。

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