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生きる

「初期波形、心静止ね」
「目撃ありで活動するよ」

※心静止:心電図波形が横棒の状態。心臓が動いていない事を表している。

そんな声が聞こえる現場には、いつも冷たく重い空気が流れている。
AEDの解析の音や、ルーカスが奏でる無機質な決まったリズムの音。
そのどれもが、自分自身の気持ちを嘲笑っているかのように感じる。

※ルーカス:自動心マッサージ器。自動で心臓マッサージをしてくれる機械。

救急を学び初め、救急救命士の卵と楽しげに言っていたあの頃が懐かしい。あの頃の救急はテキストや問題文の中にしかいなかった。文字の中でしか生きる事が出来ない、触れない、温もりも感じない、言わば死んでいる状態だった。

それから2年が経ち、救急救命士と呼ばれる事になり、対象は文字から人へと変化した。急にまっさらな戦場へと放り出された気持ちだ。
問題を解くヒントがない。分かりやすい症状がない。当たり前の事だが、これが現実である。

人の役にたちたい。人を救いたいと思っていた過去の自分に今の自分を見せたらなんと言うだろうかなどと言うありふれた、使い古された表現は使いたくない。
答えは決まっているからである。

自分の思い望んだ将来では無い。自分の手で人を救うんだという気持ちはどこかへ行ってしまった。救えない命もある。どこかでそんな風に思ってしまっている自分がいる。しかし、その考えで活動する事は絶対にない。

CPA患者を目の前にして、絶対にROSCさせる。としか思っていない。そのために自分は学び、手技を磨いてきた。

※CPA:心肺停止状態。
※ROSC:自己心拍再開。

手を抜く事など一切ない。ましてや見切りを付けることなど一切ない。

自分自身の中での救急救命士像を創造し、未来の自分へ繋いでいく。

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