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詩集 - こどもたち

Preface

2016年の始まりのころに書き留めた詩を集めた。
僕は、それまで詩を書いたことはなかった。
けれども、とにかく、試みずにはいられなくて、毎朝目が覚めると、iPadに向かって文字を打ち込むようになった。

そのころ、たくさんの夢をみて、自分に次々と心当たりのない感情や記憶がないまぜとなって、浮かび上がってきたのを思い出す。

そうした体験は、僕にとって大切な財産となった。自分自身の中へ沈思し、その声に耳をすますことは、この世界がどれほど美しく儚いものであるか、心の底から感じることでもあったから。

瞬間に躙り寄り、見えてくる景色、それを最低限の理性でもって書き取ること、それが詩という芸がなすところなのではないかと、僕は肌で感じた。
そしてその芸を支えているのは、人の心の根底に流れる目に見えず、形にならぬ震えである。

ここに上げた9つの詩は、いつでも僕の原点を教えてくれるような、一つの星座として今も、夜を照らしてくれる。

Shinta

詩集 - こどもたち


夏が底をついたとき
沼地に溺れた亡霊が
泉の傍に居を構える

山の底を流れ行く
雫たちの軍勢が
注ぐ麓のはらっぱに
今日も蜻蜓が羽を広げる

枯れかけの水たまり
肩を寄せ合う黒の子どもたち
だれが母を責めようか
だれが母を責めようか

川の底を覗き見て
泡と砂の飛沫をみたのなら
君は羽衣を背負った彼を
羨むんだろうな

日暮れの夕立が
異国の雨を連れてくる
僕らはここで出会ったのかな
僕らはここで出会ったのかな

木々の隙間から見ていた
次々と少年たちが飛び込んでいくのを
僕は自転車に乗っていた
浮き立ったのは心臓だった

ひらりと表面の錆が飛ぶ
恐怖と好奇心の前触れとなって
ためらいが、水面に映る
僕は知っていた

彼は深くに飲み込まれた
幾人かが手を伸ばす
大地に横たわる彼は
彼だけが知る深淵を
静かに歩いていた

誰かがサイレンを呼んだ
遠くで、鳴り響くそれが
みんなには聴こえていた

少年たちの肌は
確かに濡れていた
真夏の太陽が
一粒一粒を
じっと飲み込んでいった

僕の手のひらは
一滴残らず
残らず掴んでいた

おどけて
銃口を向ける
引き金にかかる人差し指が
笑っている
放たれた弾は
まっすぐ幼い柔らかな皮膚を
焼く

ひんやりと
止まった瞬間は
未だに僕を
捉えて離さない

傷口を押さえる
彼の小さな手は
震えていた

言葉は宙に浮いて
二人を見ていた

トボトボ

トボトボと
後ろ姿を包んでいた
彼は振り返って
その手を降ったろうか

幾千もの石から
ひとつふたつみっつと
拾い集めて
よっついつつと
ポッケに入れる

むっつめは
まんまるで
ななつめは
透明なのさ

瓶の欠片と知らず
川を旅して磨かれた
その一筋の光に
導かれて

やっつ
ここのつ

無限に広がる
未来を知っていた

もしかしたら
風船を飛ばして
紙飛行機を飛ばして
自転車で飛んでいた
その頃に
僕はあらゆる極点を
瞬間瞬間に
織り込んでいたのではないだろうか

一足前進する
その踏ん張りに
全存在をかけていたのではないだろうか

地球に身体を預けることを
何より理解していたのではないだろうか

なぜあんなに悲しかったんだろう
なぜあんなに苦しかったんだろう
なぜあんなに嬉しかったんだろう
なぜあんなに愛おしかったんだろう

僕は、泉のほとりの芝生の
青を知っている
僕は、丘陵の内に潜む檜の
緑を知っている
僕は、地中に隠れるクワガタの
黒を知っている

あの一瞬がなければ
今、ここに
僕という宇宙に
広がる
幾千もの色彩は
彼方に終われていたのかもしれない

朝がまだ眠そうな頃
大地を擽る道を
走る少年達がいた

手袋をはめて
白の空気を吸い込む
お腹の底から湧き上がる
息吹が
全身の細胞を駆け巡る

各々の道を
思いそれぞれに
走る

時に交錯し
言葉が生まれる

ある時は並走し
ある時は追走する

その度
小さな確信が姿を形作った

踏み込んだ右足から
左足へと

踏み込んだ左足から
右足へと

ぽっかりと空いた中心に
寝転んで
目を瞑っていた

太陽は瞼に映る
千の瞬きとなって
網膜の先
まどろみの彼方に
今にも届こうとしていた

ざわざわ
ぐるぐると
枯葉が耳元で
渦を巻き
小さく囁いてきた

君はみているんだね

頭のてっぺんは西の果て
つま先は東の果て

伸びていく
ひとつの輪っかが
地球を
きゅっと
結んだ
瞬間だった

ガタンゴトン
ガタンゴトン

地下鉄の血と汗の混じった
ヘドロの風が吹き荒れる
聖夜の鐘は
その耳に届くことは
決してなかった

ガタン
ゴトン

降りてきたのは
2人の自分だった
待ち疲れた私は
呆然と
引き伸ばされた5秒間を
じっとみつめていた

右手に
複製された幸せを
握りしめ
意を決して
ぐっと1秒に力を込めた

途端に
世界の車輪がレールを暴力的に掴んだ

ガタンゴトン
ガタンゴトン
ガタンゴトン
ガタンゴトン

気づいたら
ヘドロの嵐の中心に立っていた
夜明けの光が
何十に重なる風に曲げられ
歪み
瓦解し
狂を帯びて
全身に
放射した

僕は失われた

小さな家の
大きなテーブルの下に
落とす陰は
オレンジ色の床板に
深く根ざしていた

一本一本のシャドウが
幹であり枝であった
絡み合い
重なり合い
ときにいがみ合う
密林のやさしさと凶暴さを
内に秘めていた

時々
トゲトゲした風が吹くと
木々は僕を迎え入れて
葉々たる真緑の響きで
包んでくれた

時々
どんよりとした雨が降ると
枝葉は花々を抱え
その美しさをもって
惹きつけ
冒険の予感で
僕を包んだ

ある冬の真っ只中
落ち葉の絨毯に転がる
種々を拾い集めていた
その数が千を越えようとした時
突然涙が溢れた

涙達は
種から
根を伝い
幹を登り
葉脈を彷徨い
花で出会い
空に落ち
やってきた

頬を撫でた雫は
静かに地中に染み込み
始まりの種へと
帰っていった

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