夏が過ぎ、あえて今ぬる湯の話を
コラム「夏が過ぎ、あえて今ぬる湯の話を」
コロナ禍であるが、感染対策を徹底しつつ旅行を楽しむ人もすっかり増えた。これから秋と冬、県外の紅葉や雪景色を楽しみに旅行の計画を立てている沖縄県民も多いことと思う。「今度の冬、東北で雪を見ながら温泉に入る予定なんです」とウキウキして話す人に会うと、私はよけいなこととは思いながらも「寒い日に入る熱い温泉もいいですけど、暑い夏の日に入るぬる湯の温泉もいいですよ」とつい口を出してしまう(本当によけい極まりない)。
「ぬる湯」というのは、一般的に銭湯や温泉施設の浴槽の湯温がおおよそ42度ほどに調節されているのに対し(つまるところの「あつ湯」である)、39度以下の湯のことである。体温に近い温度であるため急激に汗をかくこともなく、長時間ゆっくり漬かることができ、そのぶん全身のストレスの抜け具合は素晴らしいものがある。日本全国あまた温泉好きの中でも一定数、このぬる湯好きは存在するらしい。
ときに東京都心より特急電車で2時間ほどの場所に位置する山梨県。なるほど富士山県ともいう温泉の多い地だからか、「あつ湯」と「ぬる湯」両方の浴槽を構えている施設の多さはさすがである。実に魅力的なぬる湯の数々だが中でも私を特にうならせるのは、住宅街の中にたたずむ日帰り温泉施設「山口温泉」である。湧き出る湯をまったく温度調節しない完全な源泉掛け流しで、その湯量は毎分440リットルと豊富。 そしてその湯温は奇跡の約37度である。37度といえばまさに人間の体温とほぼ等しい温度であるため、夏の外気温と体温と湯温がぴったり重なった時こそ、自分の体と湯と空気の境目が無くなるという不思議な感覚を体験できるのである。
まさにアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」で描写される人体液状化とでも例えるべきか。それも泉質は弱アルカリ性の炭酸泉、この上ない美肌効果が期待できる他に多くの健康効果もあるという。 最高!
沖縄県内にも良質な温泉はいくつかあり素晴らしいのだが、県外にはさらに個性的な温泉やぬる湯をはじめとしたさまざまな温泉の楽しみ方が昔から多くあるのだ。ちなみに、県外にも引けをとらない素晴らしい温泉大国が沖縄のすぐ近くにあるのをご存じだろうか。ずばりそれは台湾である。
(2022年10月27日沖縄タイムス「唐獅子」にて発表)
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