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【ショートショート】友からの贈り物

「ねえ、時を自由に行き来できたらいいと思わない?」
そんなことを芽衣は時々話していた。
「夢物語だね 、歴史変えちゃうよ」
「あはは、ウェルカムなんだけど」

芽衣は大学2年生。今月に入ってバイト先のコンビニに新人が入った。シフトがほぼ重なっている奈津というその新人は芽衣より2つ年上だったが、年が近いこともありすぐに意気投合した。同じヴォヤージュダンルトンというアーティスト略してヴォジュトンが好きで一緒に推し活する仲にもなった。ヴォジュトンは男性5人組のダンス&ヴォーカルグループでTAKU,SOU,REN,YUMA,SYUNというメンバー構成だ。
「なっちゃんは誰推し?あたしはYUMA.」
「あたしはSOU」
「でさ、なっちゃん今度のライブは行くの?」
「それがね、チケ取り失敗しちゃって行けないんだ」
「そっかぁ、一緒に行けると思ったんだけどな」
「芽衣ちゃんは3日間のうちどの日に行くの?」
「あたしはぼっち参戦だけど3日とも行くよ」
「えっ、いいなぁ。どれか譲ってくれない?」
「無理無理無理。オタクの気持ち分かるよね?」
「分かるけど。じゃあさ、5年前に限定発売だったシリアルナンバー入りのBlu-rayボックスあげるから、お願いっ」
「えっ、なっちゃん持ってるの?あれ秒で売り切れたやつだよね。今、すごい価値が上がって絶対手に入らないやつ。えーっ、どうしよう、めっちゃ欲しいんだけど、ライブと引き換えかぁ 」
「うん、出来れば真ん中の日」
「えーっ、どうしよう。えっ?対等交換?」
「いいよ、チケ代は出すよ」
「いいの?あたしだけが得しちゃう気がするんだけど」
「だって無理なお願いしてるし」
「中日なら初日とラスト日あるし、なっちゃんに譲るよ」
「ありがとう。嬉しい。」
「なっちゃんはいつもライブ行くの?遠征とかさする?」
「私は遠征はしないけどライブは行くよ」
「じゃあさ、次は一緒にチケ取りしよ!」
「そうだね」
一瞬奈津の顔が暗くなったことに芽衣は気づかなかった。

「なっちゃん、ほんとにいいの?これ高いよね。チケ代までもらっちゃって」
「いいよ、いいよ。大事なチケット譲ってもらったんだから」
「じゃあ、お言葉に甘えて」

芽衣から譲ってもらったライブ当日。奈津は一人で会場に着いた。とりあえず大勢のファンに紛れる。会場のおおよそのつくりは把握している。ヴォジュトンは勢いのあるグループだけあって熱気が凄い。

ライブ終了後、会場から出て奈津は一人の女に目をとめた。ライブの興奮さめやらぬ大勢の観客の中に目線を泳がせている女。奈津以外の観客は気付いていない。
「あの人だ…」
奈津はそちらへ近づいて行った。

轟音と衝撃が広がる。爆発だ。
悲鳴と怒号が飛び交う。
一人の女が周囲の人々を道連れに爆弾で自殺したらしい。たくさんの人が倒れている。動けても血を流す者もいる。かなり多くの人が巻き添えになった。

人気アーティストのライブ終わりの雑踏での爆発事件はニュース速報として流された。
芽衣はぼんやりとテレビのニュースを見ていたけれど、ヴォヤージュダンルトンという単語でふと我に返った。
「えっ?ライブってなっちゃんに譲ったあのライブ?なっちゃんは大丈夫?」
ニュースは次々と新情報が出て更新されていく。芽衣は奈津と連絡を取ろうとするが全く連絡が取れない。
「なっちゃん大丈夫だよね?譲ってなければあたしが行ってたライブ…なんか大変なことになってる」
ニュースでは犯人を含め6人死亡48人重軽傷の新情報が出ている。

奈津と連絡が取れないまま数日が過ぎた。バイトのシフト表に奈津の名前がなくなっていた。店長に聞くと
「芽衣ちゃん聞いてないの?芽衣ちゃんがライブ行くからって休んだ日に電話かかってきて、急だけどすみませんってすごく謝ってたからこっちも責められなくてね」
と急に辞めたことを聞いた。
「芽衣ちゃん仲良かったから知ってると思ったよ」

帰宅した芽衣は奈津からもらったヴォジュトンのBlu-rayボックスをぼんやりと眺めた。当然のことだがその日以降のライブは全て中止になった。

事件の後、テレビのニュースでは続報が次から次へと伝えられた。それによると犯人はヴォジュトンのSOUに弄ばれて捨てられた女性で、自殺をするのにSOUを困らせたくてファンを道連れにしようとしたらしい。そしてこの事件をきっかけに別の事件も発覚した。同じヴォジュトンメンバーのTAKUが詐欺事件に加担していたというもの、RENの薬物使用まで。ヴォジュトンの活動は休止になり、ファンだけでなく社会全体がざわついていた。爆発事件の被害者の中に身元不明の死亡者がいるという報道で、芽衣はそれが奈津なのではと不安になり、警察に尋ねてみたが、そもそも奈津の名前、住所に該当する人物はいないとの答えだった。

「ねえ、なっちゃん あなたは誰だったの?」

事件から2年が過ぎようとしていた頃、芽衣に一通のメールが届いた。
「…なっちゃん?」
確かに奈津からのメールだった。

芽衣ちゃん、久しぶりと言えばいいのかな。
私はもう死んでると思います。ごめんね芽衣ちゃん。私、芽衣ちゃんのこと利用しました。本当は私、ヴォジュトンのファンじゃないし、自分がどうしたら死ねるか考えてる時に思いついたんだ。この事件で死んだ芽衣ちゃんの代わりに死ねばいいんだって。私、病気なの。進行すると寝たきりになって、治療法がないから死を待つだけ。いろいろ試して数年ならタイムリープできるようになったんだ。タイムリープできる範囲の未来にも治療法なかった。だから事件のこと調べて芽衣ちゃんにたどり着いた。自殺なんて大それたことは出来ないし、死んでから身内がなんて言われるかとか、馬鹿なヤツだとか、そんな風になるより可哀想と思われるように死ねたら誰も困らない。そう思ったの。SOU推しって言ったのも事件でその名前しか知らなかったから。でも芽衣ちゃんと仲良くしたくてヴォジュトンのこといっぱい勉強したよ。
Blu-rayボックスはあの頃はめちゃくちゃ高額だったけど事件後価格暴落したから簡単に手に入った。芽衣ちゃんが事件当日のチケット持ってるのも知ってたし、芽衣ちゃんがあの事件の時あそこにいたのも知ってた。ニュースでたくさん報道されてたから。
私が芽衣ちゃんの代わりに死んで未来を変えちゃったけど、芽衣ちゃんは私の代わりに生きてね。
あのね芽衣ちゃんは覚えてないかもしれないけどね、幼稚園の時、数ヶ月同じクラスで私と仲良くしてくれた芽衣ちゃんのこと、ずっと忘れなかった。事件で芽衣ちゃんの名前見て私の命と引き換えにできたらって2年間いろんな方法探ってた。上手くいったでしょ?
それから警察に私の本当の住所と名前を伝えてほしいの。私から芽衣ちゃんへの最後のお願い。

メールの最後に奈津の本当の住所と名前が記載されていた。そして
「本当に芽衣ちゃんごめんね。でも芽衣ちゃんとの日々は楽しかったよ」
と締められていた。

「だったらなんで死ぬんだよ!!」
芽衣はよく分からない感情を抱えて警察を訪ねた。事件から2年が経過して身元不明の被害者が奈津だと判明したようだった。

奈津の本名に芽衣はうっすらと覚えがあった。幼稚園の頃、仲良しだったけれどある日突然引っ越してしまったお友達。
「私なっちゃんに助けられたんだね、ありがとう」
芽衣は空に向かって思いっきり手を振った。

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