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しんすけの読書日記『ホテルローヤル』

桜木志乃は裏社会の人々や弱く虐げられた人たちを美しく描く。自然に。

それらに読者は自分も多くの係わりを持っているように感じる。それは桜木志乃の文体が冗長のない自然なものだからなのだろう。

七つの短編が収録されているが、連作のような構成で互いにどこかで他の作品と繋がっているのは、読み進んいくと自然にわかる。時間は逆に動いている様だが。

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感慨が一番深かったのは、中年夫婦の「姿」を妻の立場から描いた「バブルバス」だった。本当は「姿」でなく「性生活」と書きたかったが、作品の哀切さが、そこまで書くことを露骨だと咎められるような気分がしてならない。
周りに子供などが増えると「性生活」の時間は限られてくる。そんな夫婦が法事の予定が狂い金と時間が僅かだが残ることになった。妻が強く希望して二人はホテルに入る。
久しぶりの行為で妻は陶然の境地にいたる。
妻が、こんな機会がまた訪れることを願いながらこの短編は終わる。露骨にも見える内容だが、なぜか美しくて読者の涙を誘う。


次に感慨深くも考えさせられたのは「せんせぇ」だった。
先まわりするが、ここに登場する女子高生の佐倉まりあは本当は綺麗な可愛い娘なのではないのだろうか。作品中では、頭が悪くて足元から悪臭を放っているような娘なのだが。

このような想いに至った理由を以下に書くが、それは「せんせぇ」そのものの筋書きを追うほかない。

高校教師の野島広之は結婚するる前から妻に裏切られていた男だった。校長の勧めで今の妻と結ばれたのだが、校長と妻は肉体関係がある間柄だったのだ。
校長が教壇に立っていたころ、妻は18歳の高校生である相談事を持ちかけたことが切っ掛けとなり関係ができてしまっていたのだ。野島広之は校長と妻の体面を取り繕うために結婚させられたのだった。野島広之も最初からそれが判っていたわけではないが。
そして今、野島広之は木古内の高校の数学教師として単身赴任している。卒業式を終え三学期も終わろうとする頃、野島広之は札幌の自宅に帰るべきか躊躇している。
連絡もせずに帰れば校長と妻の浮気(いや本気)の場面に出くわすに違いない。

木古内駅の構内で野島広之に、声をかけるものがいた。「せんせぇ」と。
自分が担任をしている2年A組の女子生徒佐倉まりあだった、
テストの成績は後ろから数えたほうが早いくらいの頭の回転はよくない女子生徒だった。それでも38人中の35番だった時、佐倉まりあは、過去最高をマークしたと喜んでいたという。

車内は混んでもないのに、佐倉まりあは野島広之の隣に座る。野島が迷惑がってもそんなことはお構いなしに、ホームレスになってしまった事情を滔々と語る。高校二年で味合うには痛ましすぎる内容だ。
そして佐倉まりあはこれからはキャバクラで働くために面接に行くという。

札幌の自宅近くまで戻ってきた野島広之の近くでタクシーが止まる。降りてきたのは妻と校長だった。
野島広之は愕然としている。そのすぐ後ろからまた「せんせぇ」と声がする。
幻聴かとも思ったが、佐倉まりあがそこにいた。野島の後をつけていたようだ。

家に帰るのをあきらめた野島はビジネスホテルに泊まることにした。とうぜん佐倉まりあもついてくる。ホテルでシングルふたつを頼むが、ツインしか空いてないとの返事。
野島は諦め佐倉まりあと同室に泊まることになる。

そこでも佐倉まりあを嫌いぬく野島だったのだが、寝ている佐倉まりあに目を向けると美しい脚の持ち主であることを気づかされる。

 お前、寝付き良すぎるだろう。

野島は笑っていた。

翌日のホテルをチェックアウト後、佐倉まりあがついてくるのを足を止めて待つ野島だった。


ホテルローヤルが廃業する原因となったのは、高校教師と女子高生の心中が原因だった、と書かれている。それはその後の野島広之と佐倉まりあだったのだろうか。

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