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母と息子 28『魅惑の魂』第3巻第1部 第28回

承前

 泥とかすり傷で固い石にも観える手が、動かないその男の頬や眼や口をさすっていた。アネットは女の肩を掴んだ。女は振り向かなかった。アネットは隣にひざまずいて、指を広げて少年の顔を触ってみた。女は彼女がそこに居ることも気づいてもいなかった。アネットがこう言った。
「ほら、生きてるじゃないの。助けなければ! やることは、それだけじゃないの」
 相手はアネットを掴んで叫んだ。
「この子を助けて! わたしのために」
 相手を正面にしてアネットは、その雀斑そばかすだらけの顔を見た。見えてくるものは、顔の中のいくつかの部分だけだった。肉厚な口と短い鼻が最初に目につき、鼻の稜線は突き出た唇とともに銃口を思わせるように形ち造られていた。醜女だ! 額が狭く、頬が骨ばっていて、顎の骨が強い。口元からは気むつかしそうなものを感じた。狭い額にかかった赤い髪は、この女の頭蓋骨に載せられた塔にも観えた。つぎにアネットが見たのは、大きくて青い目… フランドル風とも言われるものを見ただけだった。肉体として眼を見たのは、後になってのことだった。

つづく

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