夏 第385回 『魅惑の魂』第2巻第3部第65回
「ノエミ!… 何があったの?」
それに彼女は何も答えず、顔をアネットの胸に押し付けて泣き続けた。アネットは、この大きな悲しみに寄りかかって、彼女を落ち着かせようとした。ようやくノエミはすすり泣きながらも顔を上げ、呻くように声をだした。
「返してほしい!」
「なにを?」アネットは驚きながらノエミも訊ねていた。
「あなたが知っていることよ!」
「でもそれは…」
「わかっているのね! わかっている、あなたが彼を愛しているって、わたしにもわかってる。それに彼も、あなたを愛しているってことも… どうしてあなたは、わたしから彼を奪ってしまったの?」
さらに涙が流れていた。アネットは、ノエミがいままで自分に与えていた信頼や愛情のことを悲しそうに語るのを聞いていた。アネットの心は重たくなっていた。そして自分を責めてもいたからノエミの訴えに答えられなかった。その訴えには暴力はなかったが、悲痛の非難が心に刺っていた。だがノエミの怨み言のような言葉には、言い訳をしたくもなっていた。ノエミが言ったのは、あなたとは友情で結ばれていたのに、それを悪用してわたしを欺いた、そういうことだった。アネットは思いもかけない愛が生まれて、それに征服されて負けてしまったと、自分の無罪を主張していた。だがそれは、ノエミを説得するものではなかった。そしてノエミはその話を逸らそうとしていた。アネットを正当化するために、フィリップ自身が自分が主犯であるかのように仕立てて信じさせようとしているのだと罵った。それは彼女自身の憤りを和らげて、アネットが彼に対してを嫌悪感を抱かせる、少なくとも疑い深くさせるのが目的だった。しかしそれに対しては、アネットがフィリップを弁護した。彼女はフィリップが自分を挑発したと非難されているようで許せなかったのだった。 彼は率直だった。彼女は彼が打ち明けようとするのを止めたのだ。間違いを犯したのはアネットだけなのだと。しかしノエミの憎しみは、それを聞いて治まるどころか、さらに大きなものになってしまった。アネットは彼女に反対していた。二人の話しは、さらに熱を帯びていた。それを聞いている人がいれば、フィリップの本当の妻はアネットだと思うかもしれない。二人の話はそんな具合に進んでいたのだった。だが突然だった、ノエミはそれを間違いなく気づいた。彼女は慎重であることをほとんど失った、さらに大きな激怒が生まれて彼女は叫んだ。
「あなたが彼のことを話すのを禁じます! あなたへの命令です!… 彼はわたしのものだから」
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