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夏 第194回 『魅惑の魂』第2巻第2部

 彼女に尋ねることはなかったが、彼は察していた。彼女の収入のことと、多くの仕事していることを、いろんなところから知り得ることができていた。そしてその直後に彼のほうから、かなり報酬が良い仕事を彼女に廻してきた。それは彼が任されている個人所蔵の美術コレクションカタログのカードを分類する仕事だった。その仕事は、週に数時間を彼女と二人で過ごす自然な動機となった。二人は仕事をしながら話しあうことができた。かっての親密さが、すぐに回復していた。
 マルセルがアネットの今の暮らしについて聞くことはけっしてなかった。だが自分の今は話していた。 …それが彼女の今の考えを知る最良の方法だった。彼の恋愛体験は多くの話題を与えてくれた。それは彼が楽しんだ経験だが、それをアネットに打ち明けることも楽しいものだった。彼はアネットを同じ興が持てる親友として愉快に思ったが、アネットは彼を少し窘(たしな)めていた。彼は思いつくことのすべてを嘲弄し、最初に自分自身を揶揄(からか)っていた。アネットにとって関りないことばかりだから、彼女は彼の自由な告白を笑いながら聞いていた。そしてこのアネットの笑顔を、彼は少し勘違いして受け取っていた。生きていくことの何ごとにも寛大になれる陽気で明朗な彼女が、自分に理解を示しているようで嬉しくてならなかった。少女だったころの彼女には、道徳と衒学的な趣味や美徳で制約されたものが観えていた。しかし今の彼女には、そのころの不寛容の痕跡がまったくなくなっていた。二人で皮肉を交えて話している中で、この機知に富んだ友と一緒になり人生の冒険を共にすることは魅力的なことだと、彼は考えていた… でもどうやって? それは彼女の望み次第じゃないか! 愛人、妻、それは彼女が決めればいいことだ! 彼には偏見というものがなかった。 アネットが「気ままな母親」であることを重くは見なかった同様に、彼女がその後に体験についても関心をまったく持っていなかった。彼は厳しく監視して彼女を苦しめるつもりもなかった。彼女が秘密にしていることもあるかもしれないが、そんなことにはまったく興味もなかった。だれもがそれぞれに秘密を持っていて自分の領分で過す、それが当然の自由だから。彼が生活することで彼女に求めることは、陽気で思慮深く、趣味と快楽のパートナーであることだけだった(快楽とは、知性、愛情、その他のすべてだった)。

つづく

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