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夏 第378回 『魅惑の魂』第2巻第3部第58回

 だがフィリップには他にも考えなければならいことがあった! 彼の毎日は、攻撃してくる世論やマスコミとの激しい闘いに満ちていた。アネットが自分の心配事で彼を疲れさせている場合ではなかった。彼の闘いは危険な場面に移っていた。彼は出生率を制限する連盟の主導者だった。今のフランス、とくにパリでは衛生状態や労働者階級の状態は、悲惨な状況にあった。しかし国とそれを牛耳るブルジョアジーには、それらの改善や軽減についてははまったく関心がなかった。大砲などの戦争のための工場には、肉の供給に不足がないようし、その方面の労働者が増えることだけに関心を持っていた。彼はこのブルジョアジー支配の厚かましい偽善を憎んでいた。ブルジョア自身は、子どもを創ることは自制してその幸福度が低下するのを避け、さらには生活が複雑にならないように注意している。しかし彼らは、民衆のなかでの統制されていない出生率が生み出す悲惨を、病気の蔓延と奴隷的生活から脱せない悲惨については、まったく考慮の外に置いている。彼らはそれを国家的なものであって、さらには宗教的義務と称するのだ。フィリップは、自分のこれからの行動が、世間の大きな怒りを生むことを疑わなかった。しかしその危険が彼を止めることは、とうぜんにしてなかった。彼はそこに向かって直進した。そして世間からは予想を上回る怒りが、彼を襲ってきた。

つづく

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