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夏 第379回 『魅惑の魂』第2巻第3部第59回

 彼は多くの人たちの憎悪の的となった。まず同僚たちがそうだった。自尊心、教義、利益をそこなわれた者たち、教皇やライバルの多くがそこにいた。彼が言う真実を信じて支持していた者までもがそこにいる始末だった。 …曖昧なことが許せないフィリップは、かって称賛してくれた人たちに対しても、言葉を連ねて裏取引をするような人間ではなかった。彼が、ひとを認めることは少なかった、それは彼を顕すものとしては最も軽微な藻に過ぎなかった。彼は受けるべきものを受け取り、ひとに返すのは、自分が納得したときだけだった。例外としてソランジュがいたが、彼が大きな返礼をすることもほとんどなかった! たとえ恩人であっても、それが彼の考え方を左右することはなかった。そういう彼だから。おおきな攻撃を受けることは当然であって、擁護されることはほとんど期待できなかった。ある企みで利益を期待する者の策動においても彼の存在は邪魔だった。高尚な慈善事業を騙らって組織されるたびに、彼が邪魔をするのは確実だった。高潔と唱した人々の企みに首を突っ込むことに、彼は喜びを感じていた。一種に道楽でもあったのだ。これが募っていくと、名誉を貴ぶ社会的集団では、彼を毛嫌いする噂が飛び交うようになっていた、あの男は悪い精神の持ち主であり、破壊的なアナキストなのだと、評判にもなっているのだった。今のところそれは囁きであって、パスキーノの怪物(中傷やフェイクを売るものにする新聞)の耳までには及んでいなかった。集団の多くは以前から時期を待っていたのだ。そして今だった! 絶好の機会だ!… それは愛国的な怒りの爆発だった。すべての新聞社が関与しだした。民衆の憤りの反響が議会にまで届いていた。貧しい者であっても家族を増やす権利はある、この要求を正当化する不滅宣言もなされた。一部の愛国を名乗る者たちは、人口の減少を求める方向に直接的または間接的に誘導する動きを取り締まる法案までも提出した。一方には、利己的な快楽が人道的理由よりも優先されるというリバタリアンの報道もあり、それは愛国を名乗る者たちを失墜させその大義を信用しない論拠ともなった。そのためにフィリップは社会の敵の中に自分の支持を発見することにもなってしまった。彼彼自身も大手の新聞で、思い切った発言を行い応酬していた。だが、今の社会の動向は、彼の立場さえ危うくするものだった。新聞には彼に抗議する手紙が殺到していた。彼は講演会を開催し、喧々諤々した中でも講演を続けていた。その彼の激しさは対抗する相手の激しさに等しかった。 彼らは彼を打ちのめす目的で、彼が失言することを伺い監視していた。しかし荒々しい馬上にあっても冷静な騎手であるかのように、彼が憤激のあまりに度を超すということはなかった。そして、自分が当初からの発言主旨を一歩も踏み外すこともなかった。熱狂、嘲笑、そして憎悪が、彼を一躍して有名にしていた。戦いの粉塵の中にあっで、彼は安らかに息をついていた。
 嵐の真っただ中だった、しかしその中でノエミの存在は何だったのだろうか?

つづく

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