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AIと医療の未来〜将棋界から学ぶこと

最近の人工知能(AI)の進化は様々な業界に革新的な変化を起こしており、われわれ医療の世界でもその波がやってきていることを実感しています。先日AI問診をいち早く導入した病院の先生のお話を聞く機会がありました。

それは今まで看護師が行っていた内科の問診を代わりにAIが行うもので、患者さんはAIが症状に合わせて選択した20の質問にタブレットで回答します。するとAIが簡潔な問診を電子カルテに表示して、さらには可能性の高い順に10の鑑別疾患を自動的に挙げてくれるというものです。

AI問診のメリットとしてまず待ち時間の短縮があります。受付から問診までの待ち時間がゼロになるだけでなく、人間と違いAIは余分なことを聞いてくれないので(患者さんはだいたい関係のないことを長々と話しがちです)問診自体の時間も短縮されます。その結果診察までの待ち時間が減り、患者さんの評判も悪くないようです。

また問診を担当する看護師の負担が減ることに加え、患者さんの入力をサポートする事務職員も普段は触れ合うことの少ない患者さんと直接やりとりすることで、医療職としての仕事のモチベーションが上がったのだそうです。

外来担当医師の意見も概ね良好のようで、無駄のない的確な問診が得られる上にちょっと気がつかないような疾患をAIが鑑別にあげてくれることで診断に役立つこともあるようです。

このAI問診システムは現在年間100万円ほどかかりますが、そのうち競合が増えるとコストダウンするでしょうし、近い将来には誰でも買えるアプリとして一般の方も気軽に利用できるようになる可能性もあるのではないかと思います。

このようなAIの進化により内科医の存在価値が疑問視され、いずれその仕事がなくなるのではという予想もあるのですが、そんなことはないというのが私の考えです。

AIの進化が業界全体に大きな影響を及ぼした例に将棋界があります。2017年に当時の佐藤天彦名人がAIポナンザに敗れたことで、それまでの人間とAIのどちらが強いかの結論が出てしまいました。そのことで人間同士の対局の価値や人気が低下したかと言うとその逆で、将棋人気はむしろその後に急上昇したのです。

今はトップ棋士が対局前後の研究にAIを用いるのが当たり前のことになりました。またインターネットの将棋中継においても一手毎にAIの形勢判断がわかりやすく勝率のパーセントで表示されるようになったことで、今どちらが優勢であるかが一目瞭然となりました。

これにより将棋通ではないあまり詳しくない人でも将棋中継がまるでスポーツ観戦のように気軽に楽しめるようになり、藤井聡太五冠の大活躍と相まっていわゆる観る将を劇的に増やして世間の注目度を高めることとなったのです。

藤井五冠の指し手は他の棋士と比べてAIの推奨する最善手との一致率が極めて高いことが知られています。ときにAIは人間ではまず思いつかない絶妙手を推奨するのですが、それをこの天才が発見できるかをドキドキして待つと言う観戦の新たな楽しみ方も増えました。

藤井五冠はAIとの付き合い方についてこう述べています。「数年前には棋士とソフトの対局が大きな話題になりました。今は対決の時代を超えて、共存という時代に入ったのかなと思います。プレーヤーとしては、ソフトを活用することでより自分が成長できる可能性があると思っていますし、見ていただく方にも観戦の際の楽しみの1つにしていただければと。盤上の物語は不変のものだと思いますし、その価値を自分で伝えられたらなと思います」

医療の分野でもAIは仕事を奪われるライバルではなく、それを上手に使いこなすことで医療の質を高める道具であり、AIと共存していく時代がすぐそこまで来ていると感じます。棋士たちが将棋研究にAIを取り入れたように、医療者もAIの実力を認めて臨床に積極的に取り入れる柔軟さがこれからさらに求められるでしょう。

将棋界には「棋は対話なり」という言葉があります。盤を挟む2人が指し手で対話することでそこに盤上の物語が生まれます。一方で医療の世界では医師が患者さんと対話することでひとりひとりの物語を引き出し明らかにして診断や治療へとつなげていきます。

かつてナイチンゲールは「病気ではなく病人をみる。」と言いました。医療者と患者という人間同士が対話を通して心を通わせること。その価値は将来AIがいくら進化しても不変であると思います。

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