時代とともに変化する“女の生き方”と表現の自由ー山田詠美『肌馬の系譜』
山田詠美短編集『肌馬の系譜』のタイトルでもある、短編「肌馬の系譜」を読んだ。『肌馬の系譜』山田詠美 | 幻冬舎 (gentosha.co.jp)
書き出しは、帯にある
「元始、男性は種馬であった。そして、女性は、その相手をする肌馬であった。」
祖母から見た曾祖母、母から見た祖母、そして娘から見た母の三視点から見る物語。
古き良き伝統、今の女からすれば嫌悪感しか覚えない悪しき風習、“女は子を産め、育てよ”の時代を生き、我慢を強いられた曾祖母、学生運動とロックンロールの影響で女の自由を訴えた祖母、バブル全盛期に浮かれ、男を値踏みする時代を生きた母、そして第三の性が認識され、今の時代を生きる娘。
共通して言えるのは、祖母、母、娘のそれぞれが、
「今の時代で、どうやって女は自由を手に入れるのか」
を模索し、前時代の女である母の価値感に若干うんざりしているところだ。
皆それぞれ結婚し、当時の価値観で夫と付き合い関係を続けていくのだが、一番新しい娘の夫はゲイであり、娘は性に一切興味が持てない。第三の性が互いに利害が一致した末の夫婦である。
女が肌馬である必要が無いと訴え、結婚して子供を産むも、最後まで夫婦仲が悪かった祖母。バブルに溺れ、崩壊後に状況が変わり、時代に流されず“普通に生きる”男の価値に気付き結婚した母。自分が女であるという認識に違和感を覚え、男が好きな男と共存する形で結ばれた娘。祖母と母が、前時代の女の価値観に違和感を覚え、今の時代の“女の生き方”を模索し、娘は今の時代の“性の生き方”を模索し、それぞれの価値観の違いを感じながらも、争うでもなく、淡々と日々を過ごしている。
時代の波とともに、女の認識は変わる。もちろん男も。そして性別そのものも。
女であることそのものに違和感を覚える娘は、母や祖母と違い、子を産まないと決めている。そして前時代の母に、いつ子供を産むの?と聞かれ心の中で辟易とする。
“前時代の女の価値観からの解放”を模索し、今の時代をどう自由に生きるか、というのが共通していながらも、その形はそれぞれ違う。娘に至っては“性別そのものからの解放”を模索し、自由を求めて生きている。
女は男と結婚し、子を産むというのが当たり前、という認識も今、変わろうとしてる。時代はそこまで進んでいるのだ。
バブル崩壊後も続く景気の悪さ、加えて物価高、共働きを選ばざるを得ない環境での子育てに対する不安から、子を産むことに踏み切れない若い夫婦をだけでなく、まずそもそも“女として”生きていかねばならないことに疑問を感じる世代が、今の時代に声を上げ始めたのだ。
それが正しいかどうかなんて分からない。前時代の女の価値観は分かっていても、新世代の女の価値観は分からない。時代が進まない限り、答えが出ないのだ。
今の時代の“性”を取り入れつつも、前時代と新世代の価値観の間で悩みつつ、自分の時代の価値観で生きるという、普遍的な部分も切り取られた短編小説。64歳という年齢で今の若い子の感性も映し出す見事な描写。
“山田詠美”で検索すると、サジェストに「老害」とあったが、どこが?
おそらく、“種馬”とか“肌馬”とか、こういった表現すら許されない、不自由な時代に対するアンチテーゼみたいな表現が一部の層に刺さったんだろう。捏造も過度な装飾もない、事実を書いただけに過ぎない。私自身がXジェンダー(男でも女でもない、または中間、両方の性を持つ)だからそう思うだけで、今の時代の女がこれを読んで怒るのだろうか?今の時代の、どの世代の、誰がこの短編集に目くじらを立てているんだろうか。
Yahooニュースが
【今の時代は「山田詠美」にとって逆風か? 表現抑圧への怒りが渦巻く作品集(レビュー)】今の時代は「山田詠美」にとって逆風か? 表現抑圧への怒りが渦巻く作品集(レビュー)(Book Bang) - Yahoo!ニュース
と騒ぐように取り上げていたが、そんな騒ぐかあ?誰だこの記事書いたやつ、さてはおめぇ、「デビュー作で黒人との恋愛を描いたセンセーショナルな女性作家」のゴシップから抜けきれない前世代だな?
私はただのいち小説として読んだし、楽しんだ。本来、文学ってこういう事だろ。規制したって人間は変わらない。そんな簡単なことが分からない連中が牛耳ってる世界から逃れるように、若者は自由を求めて新天地を探す。時代が変わっても、前世代の価値観から逃れようと、自由を求めて自分の価値観を探す。いつものことだ。規制したって無駄。そうやって時代は進んできたのだから。
「差別を描くことと、差別主義者であることは、全然違う」
あとがきで山田詠美はこう語る。彼女はただ、事実を書いただけに過ぎない。それが今の時代の表現に合ってなかろうが、過去にそういう事実があったことは誰にも変えられない。誰もが傷つかないようにと綺麗事だけ並べて表現を規制し、声高に主張する人々は、本当の自由を知っているのか?
そんな声に騙されない、本質を見抜くことができる人間はいつの時代にもどこにだっている。本質を見抜こうと感性を常に磨いてる人だっている。山田詠美は、いつの時代でも、本質を見抜き、交差する人間の繊細な機微を描写する、決して色褪せることのない“普遍的な価値”を見出すことが出来る作家なのだ、と昔からのファンである私は言いたい。
いつの時代でも「若い子に読んで欲しい」と思える小説が書ける感性ってすごいよマジで。若い子は読んだ方がいい。面白いから。
知った方が良いよ、世の中には洗練された面白い大人がいるんだってことを。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?