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うつになるのに暇なんかあるか

先日の記事で、母の手術について書いたのだが、そこで伯母との会話を思い出した。

母方の家系は、父親を早くに亡くし、母親(私に当たる祖母)が女手ひとりで頑張っていた。うちの母親は子供の頃、貧乏ゆえに周りからからかわれたり、物が無くなれば犯人扱いされたりと苦労したらしい。伯母は社交的な気質な為、そこら辺は上手くやってきたように思われるが、母は内向的で何を言われようがずっと我慢してきた。
夫の葬儀の費用を軽く済ませたい、という理由で新興宗教に入り、葬儀をしてもらった祖母。連日、子供たちに強引な勧誘の手が回り、なかなか酷い目に遭ったらしい。今でも母親の前では、新興宗教に関する話はタブーとされている。
中学に入ると勝手にバイト先を決められ、働かされるようになった。給料はもちろん祖母の元へ。働いてるのに自由になる金もなく、伯母姉妹はほどなく煙草に走った。それがストレス発散だったのかもしれない。

中学卒業後、伯母も母も、実家を飛び出すように若くして結婚。最初こそ貧乏生活だったが、公務員の父のおかげで、母はなんとかそこそこ裕福な暮らしが出来るようになった。夫婦ともに若い故、喧嘩も絶えなかったが、伯母夫婦はもっと過激で、包丁を振り回してならず者の夫を追いかけていたらしい。

そんな過酷な環境で育った伯母姉妹。その叔母から、最近聞いたのがこの言葉。

「私はもう、うつになる暇が無かったからねえ」

このフレーズは、過去に何度と聞いてきた。なんならうつになった元凶である職場の上司にも言われた。私らはうつになる暇ないんですよ!と。

じゃあ聞きたい。今、うつで悩んでる人は、うつになる暇があったから、うつになったのか、と。

答えはNOだ。

ふざけんなよ朝7時半から出勤して休憩1時間半で夜11時半まで働いて、タイムカード切ってからも担当の倉庫整理とかやって1週間ぶっ通しは当たり前。明らかに、無理やろ、なスケジュールが上層部や上司から毎日のように来て、オープニングスタッフで経験が半年もない人がほとんどの中、みんな必死でこなしてきたんだぞ。家に帰っても何もする気が起きなくて、明日の予定を考えながら寝る日々。暇って何?このスケジュールのどこに暇があるとでも?なおかつ私は倉庫担当を任され、接客や品出しをしながら、隙を見て散らかった倉庫を整理してたんだぞ。は?お前らが散らかしてそのままにした備品とか段ボール黙々と片付けながら仕事してたんだが。そら歴代倉庫担当した人間すぐ辞めていくわ片付けたそばから散らかされるんだから。

そんな不満と疲労を抱えたまま、就職して半年後にうつになった私に
「うつになる暇があったんですね」
と言うのかお前らは。言っとくけど、私以外に同時期にうつになった奴、知ってるだけでも3人いるからな。どんだけブラックだよあの職場。

思えば、うつになる暇なかったんですよ!てアピってたあの女性社員、くっそいい加減な仕事してたな。指示の二転三転は当たり前、周りを良く見れてない指示や指摘をしては、バイトの子と首をかしげる事数回。しかも自分の仕事はいい加減なくせに他人には厳しく、これでもかってくらい罵倒してたな。過去に部下全員にボイコットされたというだけあって、相当神経が図太いんであろう。「人を追い込むのが好き」と公言して周りにドン引きされてたし、そりゃお前はうつにはならんし、うつになった人間の事なんか理解出来ないだろうよ。そもそもこういう人は他人の事を理解しようとしない。
まあ、言うだけ無駄なんだよねこういう人には。


今更、職場で会った嫌な上司の話に関しては、あいつむかつくな、て済ませるけど、身内に言われるのだけはきついわ。思わず言い返したもんな。母の命が心配なのに、それどころじゃないくらい頭にきた。怒鳴りはしなかったが、いや、うつってね、と説明するのがしんどかった。

このように、うつという病を理解されずに、傷ついた人って、きっと沢山いるんだろうな。

伯母の、うつになる暇がない、という言い分も分かる。子供がいて、夫がまともな職に就いてなくて、自分がしっかりしなきゃ、うつになって倒れてる場合じゃないってくらい気張ってたらそう思うのも仕方ない。

しかし、人間、気張り過ぎたら、誰だってうつになる可能性はあるのだ。気張って気張って、頑張り過ぎて、ある日、許容量が超えた瞬間、人の心はぽっきり折れる。足が折れて立ち上がれないように、心の根元がぽっきり折れて立ち上がれなくなるのだ。(正確には脳の障害であるが)

同じ環境でうつになる人、ならない人の差は、「うつになりやすい要素をどれだけ持ってたか」にもよる。よく言われるのが、生真面目、完璧主義、自分さえ頑張れば、という自己犠牲。この要素が多ければ多いほどうつになる可能性は高いし、あとは運が半分だ。

うつなんて半分は結果論で、これぐらい頑張った結果、あなたはうつになりました、てやつだ。薬の致死量が人それぞれなように、うつになるリスクも人それぞれなのだ。たまたまあなたはうつにならなかった、それだけの話である。

心の弱さが、とか関係ない。てか心の弱さが無い人間なんているの?だとしたらそれはただの無神経で周りのことなんてお構いなしな馬鹿なだけでは?て私は言っちゃうね。確かに世の中、鋼の神経を持ってるタフな人間もいるが、思慮深い人なら、病人に向かって、心が弱い!なんて言わないだろう。

うつは誰でもなる可能性がある。だから私は、母の手術中、落ち着きなくうろうろしてる父が心配でたまらなかった。


改めて、この病気、マジ理解されねーわ、と思ったな。何で心の病気(精神疾患)てこんなに理解されないんだろうね。

時代が時代なら、私なんて、怠け者とか無能扱いで家から放り出されたり、酷い目に合ってたんだろうな、と思うと、ゾッとする。昔は、うつは「ノイローゼ」て言われてたもんな。いわばキチガイ扱い。まあその頃は「ヒロポン」なんていう、疲労がポン!する薬(要は覚せい剤)も売られてたもんな。飲むだけで死ねる睡眠薬もあったし。

今は生きづらいけど死にづらいという、ある意味過酷な世の中である。安楽死を求める声が上がるのも分かるわ。

病の辛さは、病になった人にしか分からない。仕方ないけどこれに尽きる。


今、これを読んでるうつになってないあなた。うつは誰でもなる可能性がある、という事だけでも覚えて欲しい。

そう思うだけで、頑張り過ぎてる他人や、自分に、少しでも優しくなれるはずだ。根性論なんて言う昭和の遺産は捨てなさい。自分で持つ分には構わないが、他人に押し付けるのだけは絶対にやめろ。根性論で折れた骨がくっついた、なんて事例、聞いたことないだろ。そういうことだ。


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