胆力と機智を学ぶ・・・村上もとか「龍」から

私はマンガからもたくさん学べると思っていて。中でも私が非常に勉強になったと考えているのが村上もとかさん「龍」。主人公は何度となくピンチに追い詰められるけど、その都度、胆力のある機智で切り抜ける。その様子はまるで中国古代の英雄、晏嬰のよう。

先に晏嬰のエピソードを紹介すると。斉の君主がクーデターで殺された。ときの総理大臣がその首謀者。みんな殺されたくないので、君主が殺されたという大事件が起きても黙っていた。総理大臣は晏嬰の動向が気になっていた。主君に忠実な晏嬰が逆らうようなら殺さねばならない。超険悪ムード。

晏嬰が現場に現れた。抜き身の剣や槍がきらびやかに林立する中、晏嬰はそれらが目に入らないかのように通り過ぎ、君主の遺骸のそばにひざまづき、慟哭した。その悲しみようを見てはじめて皆が「そうだ、君主は死んでしまったのだ」と悲しみを思い出した。晏嬰は嘆き悲しんだあと、静かに立ち去った。

ただ君主の死を嘆き悲しんだ晏嬰を殺す口実を総理大臣は捕まえられなかった。しかし君主の遺骸が殺されたときのまま転がっていたのを、ただ一人恐れずに嘆き悲しんだことで、暗黙のうちに総理大臣の行いを批判した勇気を示した。以後、晏嬰はこの人ありと一目置かれる存在になった。

晏嬰は斉の使者として楚の国に赴いた。楚王は晏嬰をからかってやろうと正門を閉ざし、犬用の小さな門を開け「この門をくぐれ」と伝えた。仮にも国の使者として来たのに犬の門をくぐれば祖国に恥をかかせることになる。しかし怒って帰れば使者の使命を果たせない。絶体絶命のピンチに立たされた晏嬰。

晏嬰は次のように答えた。「楚が犬の国だと言うならこの門をくぐろう」。今度は楚王のほうが困った。自分が言い出したことなのに、犬の門をくぐれとこれ以上言えば、楚が犬の国だと認めることになる。やむなく正門を開いた。
楚王は悔しくて、宴会の席で晏嬰を困らせようとした。

斉出身の泥棒を引っ立て、「斉の人間はみんな泥棒なのか」と楚王は晏嬰をからかった。これは晏嬰の使命と引っ掛けた意地悪でもあった。
もし晏嬰が「違う」と言っても現に泥棒がいる以上、苦しい言い逃れ。変にこだわれば使命の話もオジャンになる。絶体絶命のピンチ。

晏嬰は次のように語った。
「カラタチとタチバナという植物をご存知ですか?同じ植物なのに、育つ土地が違うと葉も実も形の異なる植物に育ちます。斉では泥棒はいませんが、楚で泥棒を働くということは、楚は人間を泥棒に変える土地なのでしょうか」。
楚王は参り、晏嬰は見事使命を果たした。

村上もとか氏「龍」は、こうした晏嬰にも負けないほど絶体絶命のピンチに何度も追いやられるのに、機知と胆力でむしろ感嘆されるという逆転劇を何度も演じる。私はこのマンガからその呼吸のようなものを学ばせてもらった。とてもよいテキストだと思う。

マンガの主人公、龍は手のつけられない暴れん坊で、武道専門学校の入学が決まったばかりというのに刃物を振り回すヤクザな連中相手に大喧嘩、しかし竹刀一本で全員叩きのめしてしまう。それをそばで見ていた老人がいた。実は武道専門学校の師範だった。

武道専門学校で出会ったあと、龍は稽古をつけられる。その際、圧倒的な力の差を見せつけられた後、「君の剣は卑怯」と言い残し、立ち去った。
その後、武専で禁止されているケンカをしたという理由で先輩たちからビンタの制裁を受け、顔がボコボコに腫れた。どうしても納得いかない龍は。

師範の家に直接訪れた。相手はケンカ慣れしている半分ヤクザのような連中、みんな刃物を持ち、しかも複数。自分は一人で竹刀。そもそもの諍いの原因は、ヤクザ連中が女の子をイタズラしようとしていたのを止めたからだった。どうしても自分が卑怯だとは思えない、と師範に食ってかかった。

師範は次のように語った。「圧倒的な君の武力に恐れをなし、逃げた人間を君は打った。あのときの君の形相は鬼でしたよ」。
龍はカミナリに打たれたようになった。師範は圧倒的な力の差を見せたとき、自分に対して寸止めし、打ちはしなかった。しかし自分はケンカとなったらとことん叩きのめしてきた。

もはや武専にいる資格はないと激しく悔いる龍に、師範はニッコリ笑って、「君のような人間を待っていた。道のために来たれ」と語りかけた。龍はさらにカミナリに打たれたようになって、以後、武専で胆力と機智を養う覚悟を決めていく。

龍の同級生が柔道の稽古で気絶し、小便をもらした。その罰として主将が「龍、お前がビンタしろ」と命じた。力の強すぎる自分がビンタすれば殺してしまうかもしれない、と言って。主将は実は龍のことが嫌いで、意地の悪さを優しさのようにくるんでそう言った訳だった。「加減はするな!」と命じた。

いくら先輩の命令とはいえ、同級生を殴るのは気がとがめる。友人とギクシャクし、亀裂が生まれるかもしれない。龍は追い詰められた、かに見えた。すると龍は同級生に「オレを殴れ」と逆のことを言った。殴るはずの龍が殴られ、「逆だ!」と周りが慌てる中、「いくぞ!」同級生も「来いや!」

龍ははじめて思い切りビンタした。「武を目指すものとして無抵抗の人間は打てません。しかし思い切り打ちました。これで良いでしょうか?」と頭を下げて。すっかり株を落とされたのは先輩のほう。株を上げたのは龍。追い詰められて逆転させた機知と胆力。

柔道の主将に龍は憎まれ、龍の母親がどうやら中国人らしいという情報をつかんで、噂を武専に流した。純粋な日本人だと信じていた龍は、真実を父親に確かめたところ、それが事実だと知り、衝撃を受け、その事実を受けとめるのに紆余曲折を経る。

橋のたもとで龍が朝鮮人の少年と出会い、談笑してしていたところ、先輩が通りがかった。武専では挨拶を欠くのはビンタの対象。ついおしゃべりに気を取られていた龍は挨拶しそこね、ビンタを食らう。そこに柔道の主将が現れ、「そんなだから変なウワサを立てられるんちゃうか」とからかった。

ここでムキになって反論したり、黙ったりしたらさらに龍は追い詰められることになる。反論しても黙ってと「ウワサが事実だからだ」と笑われ、どちらにしろムキに反論すれば人物の小ささが際立つ。ピンチに立たされた龍。

龍は「そのウワサ、ホンマですわ!」と笑って認めた。その上で「でも今さら日本人やめられまへん!」と言って大笑い。え?え?と周りが戸惑う中、「欠礼してすみませんでした!これから寒中水泳をご覧に入れます!」裸になって川に飛び込んだ。すると同級生たちも「オレも!」とみんな飛び込んだ。

あっさり事実を認める腹の太さ、周りが戸惑っている間に大胆な行動をとって驚かせる行動力、それに感激して同級生までつられる人間的魅力。ピンチ転じて先輩の意地の悪さと人間の小ささを思い知らせる胆力と機知。
ここに上げたものだけでなく、ピンチをチャンスに変える場面がもうワンサカ。

「龍」は、晏嬰を彷彿とさせる、胆力と機知がたくさん登場する。もし自分がこの立場に置かれたらどんな気持ちになるだろう?どんな言動をとってしまうだろう?龍はどう考えたのだろう?どうしてそう考えられたのだろう?どのようにしたらその思考と行動を取れるのだろう?と考えると、鍛錬になる。

「龍」の魅力をうまく伝えられないけど、胆力と機知というものがどんなのかを学びたいなら、村上もとか氏「龍」は超オススメ。ぜひ読んでみてほしい。

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