工業製品デフレ、食料・資源インフレの狭間で

食料安全保障の話になると、即、「農家を守れ」という話になりがち。しかし、食料を守ること、農業を守ること、農家を守ること、この3つは、必ずしも一致しない。食料を守ろうとすると農業や農家を圧迫することがあり、農家を守ると農業や食料が守れないということも起こり得る。

子どものころから不思議だったことがある。国民のほぼすべてが農家の国で食糧危機がしばしば起き、工業が発展し、農家が少なくなり、何なら食料自給率が低くなった国で飢える人が現れない。こんな矛盾ってあるだろうか?食料を作っている人たちが飢え、食料を作っていない人たちが豊かな食生活?

これが可能だったメカニズムの一つは、「工業製品は先進国の独占物」だったことが理由に挙げられる。2000年代に入るまで、テレビや冷蔵庫、自動車を製造できる国は先進国に限られていた。作れる国が限られていれば、作れない国に高く売ることができる。

他方、「食料はどこの国でも作れるもの」だった。だから、食料を主な輸出品にしようとしても「お前の国から買わなくても、他の国から仕入れることだってできるんだよ」と揺さぶりをかけ、値切ることも可能。このため、食料は安くしか売れなかった。

工業製品は一部の国にしか作れなかったから独占的に高く売ることができ、食料はどこの国でも作れるから買いたたかれた。こうして、先進国は世界中から食料を安く手に入れることができ、工業製品を途上国の富裕層に高く売りつけることができた。工業国でもある先進国で飢えが発生しなかった理由。

しかし、こうした世界構造が根本から崩れようとしている。中国やインドなど、途上国だった国まで工業力を獲得、工業製品は今や、世界人口の半分以上の人たちが製造できる技術として「陳腐化」した。つまり、「誰でも作れる陳腐なもの」になり始めている。他方、食料は。

豊かになり始めた新興国が、肉を食べるようになった。たくさんの肉を作るには、大量の穀物が必要。牛肉1キロに穀物11キロ、豚なら7キロ、鶏なら4キロ。豊かになった人々が肉を食べるようになったことで、大量の穀物が消費されるようになり、ひっ迫感が出てきた。

工業製品はありふれた商品に変わり、食料はちょっと不足気味の商品に変わった。工業製品の原材料である資源も、食料と同様に足りなくなってきた。
こうして「食料・資源インフレ」と同時に、「工業製品デフレ」が起きつつある。こうした世界構造の中で、日本は?

日本は、食料や資源を海外から輸入し、それを加工して工業製品にして輸出し、それを高値で販売する加工貿易で儲けてきた国。鉄を仕入れて自動車を作るなんてのは、典型。しかし加工貿易というスタイルが、非常に厳しくなってきている。

輸入する食料や資源は高騰し、工業製品は逆に韓国や中国の安い製品に引っ張られて安値でしか売れなくなった。かつては資源と工業製品の間には大きな価格差があり、その価格差が儲けの大きさになっていた。しかし今はその価格差が小さくなり、加工貿易では儲からなくなった。

もちろん、日本では実はすでに工場がろくになく、海外に移転しており、海外の工場で安く製造し、販売している。日本にはその儲けの一部を持ち帰る、という形で日本は儲けてきた。しかし、海外企業がすでに工業力を備えるようになって、日本が海外で儲けることも難しくなってきた。

国内でろくに食料を作らないのに国民が飢えずに済んだのは、工業力の圧倒的な力で世界中から稼ぎまくり、その稼ぎで食糧を安く購入できたからだ。しかしこれからはどうだろうか?海外とのやり取りの中で、日本は稼ぐ力を維持できるだろうか?工業製品がろくに高値で売れなくなったこの時代に。

工業製品を日本だけが売る時代が終わり、工業で儲けることが難しくなっている一方、食料や石油などのエネルギーは高騰を続けている。輸入するものは高く買い、輸出するものは安く売らざるを得ない。利ザヤはほとんどなく、薄い儲けから、国民を養う食料を確保しなければならない。

足りない食料を国内で補おうとしても、限界がある。日本は狭い。おそらく、無理なく生産できる食料の量は、6000~7000万人分くらいだろう。現在の日本の人口は1億2500万人だから、約半分しか賄えない。足りない食料はどうしても国外から輸入するしかない。

しかも、この「6000~7000万人分」という数字は、肥料や石油の輸入に何の問題も起きていないことが前提になる。もし肥料や石油などのエネルギーの輸入に支障がある場合、最悪、3000万人分しか日本の国土は食糧を生産できないだろう。江戸時代に生産できた量にまで低下せざるを得ない。

実は、発達したかに見える技術は、ほぼすべて石油などの化石燃料のエネルギーが自由に使えることが前提で発展してきた。だから、もし石油などの化石燃料が手に入らない場合、江戸時代よりも進んだ技術というのはほとんどない。それはもう、ビックリするくらい。

日本の食料安全保障を守るためには、農業を盛んにすることは確かに大切だけれど、国内で農業生産するためには肥料と化石燃料を輸入できなければならない。肥料と化石燃料を輸入するには、農業だけでは力不足で、非農業の産業が貿易でしっかり稼ぎ、それで肥料と化石燃料を輸入してもらう必要がある。

また、国内農業が提供できる食料が6000~7000万人分でしかないのなら、非農業の産業が頑張って、不足する6000万人分程度の食料を海外から輸入するだけの稼ぎをしてもらう必要がある。日本という国の食料安全保障のためには、農業と非農業が力を合わせる必要がある。

だから、日本の場合は、世界で儲けられる非農業の産業をいかに育成するか、ということが、決定的に大切になる。エンジン車の時代が終わり、これまで唯一世界で伍してきた自動車産業が終わりを告げようとしている。代わりの非農業産業を育成する必要がどうしてもある。

しかも、次の時代の非農業産業を育成する上で、重要な注意点がある。資源やエネルギーをなるべく使わずに済む産業を育成すること。しかもその産業は、日本だけではなく、海外の人たちに喜ばれるものでなければならないこと。この二つの条件を兼ね備えた産業を育成する必要がある。

インターネットは、比較的省資源・省エネルギーの産業として成立する可能性はある。なるほど、スマホも電気を使うが、自動車を乗り回すよりは使用する鉄も少ないし、燃料も消費せずに済むのかもしれない。ネット産業は、資源やエネルギーをあまり消耗せずにすむ、小消耗産業になる可能性がある。

課題は、これを海外にいかに売るかということと、そこで上げた利益をいかにして日本の儲けにできるのか、ということ。海外で儲けて、海外の拠点で儲けが完結するようでは、日本国内に食料や資源を輸入することができない。儲ける仕組みづくりも重要。

こうした世界構造の大変化の中で、しかも食料や資源が高騰を続ける中で、不足する食料と資源を輸入する体力を日本は維持し続けなければならない。国内農業はなるべくたくさん生産することで非農業の負担を小さくし、非農業は不足する食料と資源を購入できるよう、稼ぎ出す。

日本の食料安全保障は、農業と非農業が相互補完的に努力し、補い合う仕組みの中で初めて成立する。しかしこのことは、日本ばかりではない。先進諸国、あるいは新興国でも同様の問題が、大なり小なり起きる。日本はその中でも突出して課題先進国なだけ。

食料安全保障を考える、といえば、たいがい、農業の事だけを考えるものが多かった。しかし、どう考えても日本の食料安全保障は、農業だけではカタがつかない。非農業の頑張りがどうしても必要。しかしその非農業産業が、世界構造の変化の中で、強みを失おうとしていることも事実。

しかも、食料や資源が高騰を続け、工業製品は安い陳腐なものに変わり、非農業産業が世界と競って稼ぎ出すことが非常に難しい時代に突入している。そんな中で日本は生きていくことが求められる。この難問は、簡単に解けるものではない。多くの人が、それぞれの部署で知恵を絞る必要がある。

このように、食料安全保障を軸に据え、日本が、世界が置かれている状況を分析し、これから日本が、世界がどのように進んでいかなければならないのか、その問題点の洗い出しを拙著で行った。拙著には答えはない。ただ、問題点の洗い出しを行ったに過ぎない。
https://www.amazon.co.jp/%E3%81%9D%E3%81%AE%E3%81%A8%E3%81%8D%E3%80%81%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AF%E4%BD%95%E4%BA%BA%E9%A4%8A%E3%81%88%E3%82%8B-%E9%A3%9F%E6%96%99%E5%AE%89%E5%85%A8%E4%BF%9D%E9%9A%9C%E3%81%8B%E3%82%89%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8B%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E3%81%AE%E3%81%97%E3%81%8F%E3%81%BF-%E7%AF%A0%E5%8E%9F-%E4%BF%A1/dp/4259547763

どうか、一緒にこの問題を考えていただきたい。日本に住む子どもたちを飢えさせない。そのためには、農業だけではなく、非農業のあらゆる産業に身を置く人たちが、それぞれの立場で、できることを一つ一つ積み上げていくしか方法がない。総合力でこの問題に立ち向かっていくより方法がない。

どうかみなさん、力を貸していただきたい。必ず道はある。もがけば必ず浮かび上がることができる。活路は見出せる。しかしそれには、私一人ではあまりにも無力。たくさんの、たくさんの方々の知見と、観察と、努力が必要。ぜひ、みなさんのお力を。ともに、子どもたちが飢えずに済む社会のために。

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