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本との対話

平居 宏朗

  読書は単に字を追うだけではなく、読中、読後に本を書いた著者や登場人物たちの対話を自分なりに愉しむことができれば、ただ、知識や情報を得ただけにとどまらない、豊かな時を得ることが可能だと考えています。

  「本との対話」と題し、おすすめの本を紹介してまいりますので、よろしくお付き合いください。興味のある本がありましたら、手にとっていただけたら何よりです。

  紹介する本は所謂、古典と呼ばれる類のもので、長い年月の淘汰を経て、現代に残っているものを中心にピックアップしていこうと考えています。

  中にはとっつきにくいものもあると思いますが、容易く消費することは出来ない、滋味に満ちた人類の叡智を味わいながら、何よりも自己との対話、思索をふかめていくのも一興ではないでしょうか。

  今回、紹介する本は古代ギリシアに記された『ソクラテスの弁明』です。

  古代ギリシアの哲学者ソクラテスですが、本人が実際に記した著作物は現存せず、今に伝わるソクラテスの言行の大半は彼の死後、その弟子たちによって記された著作物からのものとなります。

  『ソクラテスの弁明』もその一つで弟子のひとりであったプラトン(「プラトニックラブ」という言葉はこのプラトンに由来)が師の言行をまとめた著作です。

  本書の内容を一言で言ってしまうと、「告訴されたソクラテスの法廷での弁明」です。

  裁判にてソクラテスが控訴した権力者や裁判官に向かって滔々と語った自論が記されており、その裁判の結末も広く知られていて、何をいまさらということで、最近まで本書を紐解くことはなかったのですが、もっと早く読んでおけばよかったなあというの正直な感想でした。

  その理由として、兎にも角にも、ソクラテス、この人、相当な変人で、面白く、そして、カッコよく、イカした奴だったからです。

  哲学者として現代に伝わる位ですから、賢いのは当然であるとして、多くの権力者たちを前にしても、怯むことなく、自説を貫き、自己の理想とする姿を追い求める男の姿がそこにはありました。

  「ソクラテスの弁明」とありますが、言いわけや弁解とは程遠い、熱く生きる男の言動に時に泣き、快哉の声をあげながら、一気に読み終えてしまいました。

  当時のアテナイの権力者たちより、ソクラテスは危険な神々を信仰し、誤った思想で国の若者たちを扇動し、国家の腐敗を招いた廉(かど)で訴えられるのですが、この法廷にソクラテスはたった一人で立ち、自分を訴えてきた権力者を論破していきます。

  これは一種の法廷劇ともいえ、とても2000年以上前に書かれたものとは思えないリアルさがありました。

  負けると知っている裁判の結末でしたが、ソクラテスの弁論の巧みさにグイグイと引き込まれ、途中、ソクラテスは無罪を勝ち取れるのではと思ってしまうほどでした。

  そして、ソクラテス、弁が立ち、理知的なだけでなく、何よりも熱い男なんですよね。

  その言から、誰よりも国を思い、神を愛している男の姿がほとばしっています。

  若かりし頃は、一人の兵として、国のため、戦列に加わって勇敢に戦い、議員として公職についていた時も自らの信ずるところを貫き、命を脅かされながらも断固としてその主張を曲げることはなかったほどの男です。

  その生活も清貧を極め、多くの若者たちから教えを請われても、金品の類を求めることなく、また、自分以上の知者がいると聞けば、教えを乞いにいく柔軟さも持ち合わせていました。

  プラトンをはじめとする当時の若者たちがソクラテスに熱狂するのも当然のことかと頷けます。

  しかし、奢侈を求め、自分は賢いと考える多くの権力者、富裕層はそうは思わなかったのでしょう。

  ソクラテスを訴えたリュコン、メレティス、アニュトスの3者は超然としたソクラテスを私的に憎悪しているようにも感じてなりませんでした。

  ちなみにリュコンは政治家、メレティスは詩人、アニュストスは商人の代表格であり、今でいうと政治家だけでなく、マスコミや実業界の実力者たちからソクラテスは疎まれ、目をつけられていた危険人物であることが伺えます。

  そんな権力者たちからふっかけられた裁判ですから、勝ち目がないのはソクラテス自身も最初からわかっているのですが、なかなかどうして、ソクラテスの理路整然とした弁論と彼の言行一致したいままでの行いを知る人も多かったことから、予想に反して、有罪か無罪かの判決は僅か30票差の有罪判決だったそうです。(当時のアテナイの裁判は総計500票の陪審員からの投票により決まるものだったといわれています)

  この有罪が確定したあと、刑罰の内容を決める二回目の投票と判決があるのですが、この後、ソクラテスは一席ぶちかまし、無罪に投票した人たちの心証も悪いものにかえ、刑罰を死刑へと確定させていきます。

  自説をもう少しマイルドに、婉曲的に伝えれば、国外追放や罰金刑で終わった可能性も十分にあった筈なのですが、ソクラテスはそれをよしとは絶対にしなかったのです。

  ここにソクラテスのかっこよさ、真骨頂を自分は見たのです。

  プラトンたち、多くの弟子たちもそうに違いありません。

  死を前にして、ソクラテスは語ります。

  死は一つの希望であると。

  死を恐れていないどころか、愉しみにしている余裕すら感じてなりませんでした。

  それは自己の生を十全に生ききったものにしか語ることのできない清々しさともいえるのでしょう。

  こんな風に端然と死を受けいれられるソクラテスの死生観は時代を超越して多くの人の心を打つのではないかと思った次第です。

  また、このソクラテス、現代にいきる或る人物の存在と非常に重なる部分が多く、読んでいて、とても親近感を覚えました(新世界のみなさんがよく知るあの方です)

  兎に角、本書を通じ、このソクラテスのかっこよさ、理想を求めてやまない熱さを多くの方に知ってもらえれば何よりです!

  「しかし、もう去るべき時がきた。私は死ぬために、諸君は生きながらえるために。最も我ら両者のうちのいずれかがいっそう良き運命に出逢うか、それは神より誰も知る者はない」(ソクラテス)


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  平居さんは、コミュニティで対話部の部長としても活動しております。

  「自分は長期の目標、理想としては多くの人が自分の思いや考えを自然に闊達に話すことの出来る社会、新しい世界を思い描いています。
  ある時まで自分たちも持っていた、子ども達がお互いの顔色をうかがわず、話せるような関係性を取り戻したくて、この対話部を立ち上げたという思いがあります。ただ、すぐには実現できないことも理解しているので、まずはこのサロン内で支配人との対話の紀里谷さんのように、本音で対話のできる人が増えていけばればなと考えております。」平居 宏朗

◎ギャラップ認定ストレングスコーチ、コーチング


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会報誌制作チーム:遠藤加奈、Ayako Okura-Walsh、鈴木優帰
写  真  提  供 :平居 宏朗


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