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ルーシーも偽化石だったのだろうか!?

 今年(2024年)は、アウストラロピテクス化石発見百周年であると同時に、エチオピアで発掘され、ルーシーと名づけられた化石の発見50周年でもある。
 4月6日(現地時間)に、アリゾナ州立大学で行われたシンポジウムをオンライン視聴したが、丸一日、興味深い発表が続いた。僕は途中3時間ほど寝てしまったが、オンライン映像は今もアリゾナ州立大学のサイトで視聴可能だ。(設定を変えると、文字起こしもしてくれ(結構間違いもあるが)聞き取りやすくなった。)

 ルーシーを発見したドナルド・ジョハンセン博士ももちろん登場する。


ドナルド・ジョハンソン博士

 僕は、このシンポジウムの3日前に、たまたま訪れた福岡市の大橋にある本々堂という古書店で、「ルーシー 謎の女性と人類の進化」という本を買って読んでいたところだった。そして、ルーシーを発見したもう一人の学者トム・グレイは今どこで何をしているのかと調べていて、このシンポジウムを発見したのだった。神業のような出会い。

 シンポジウムを観ていて、不思議なことがあった。「ルーシー」では、化石の発見は、11月30日、ハダールの現場を訪れていたリチャード・リーキーとメアリー・リーキーが前日に立ち去ったあとのことだと書いてある。


"Lucy - the Beginnings of Humankind"の序

 だのに、みんな、ルーシーの発見を1974年11月24日だというの だ。
 同じジョハンソンが書いた「ルーシーの遺産」を読んでみると、これも11月24日になっている。そして、リチャード・リーキーとメアリー・リーキーが訪問するための準備をしていたことになっている。

Lucy's Legacyより

 1981年と2010年で、まったく違ったことを、同じ著者が書いている。それもルーシー発見という一大事に関することなので、重大ではないか。

 1976年に、ルーシー発見について、Natureにタイエブ(フランス人)と連名でジョハンソンが書いた記事を、大分大学図書館でコピーさせてもらってきた。
 すると、こちらも11月24日発見となっている。


Nature 260より


 つまり、ジョハンソンは、自著の一冊にかぎって、リチャード・リーキーとメアリー・リーキーが帰った翌日、11月30日にルーシーを発見したと書いていて、残りの著作では、彼らが訪れる前の11月24日に発見したと書いているのだ。


 では、リチャード・リーキーはそれについて書いているのだろうか。もし彼が訪れる前日に重要な化石が発見されて、ビートルズの「ルーシー、、、」が夜通しかかっていたなら、その感動の余韻を感じているはずだ。
 こう考えて、リチャード・リーキーの「ヒトはいつから人間になったのか」を読んでみたが、それらしいことは一切書いていない。

 1970年代の半ばに、モーリス・タイーブとドナルド・ジョハンソンの率いるフランス・アメリカの合同チームは、興味深い化石を大量に発見した。そこには小柄な個体の部分的な骨格が含まれており、ルーシーと名づけられた。(P62)


リチャード・リーキーは昨年亡くなった



 リチャード・リーキー本人がその現場にいたのに、それについて書いていないのは、おかしいのではないか。松岡正剛さんもこの本を取り上げているけど、記述の矛盾については、論じておられない。気がつかなかったのか。気がついたけれどあえて沈黙を守ったのか。

 このように著作を読み比べてみると、ルーシーは、1974年11月下旬に、リチャード・リーキーとメアリー・リーキーが持参して、162地点に置いて帰ったという可能性があるといえる。

 ジョハンソンは良心の呵責に耐え切れず、一か所だけ、真実を書いたのではないだろうか。
 
 日本でも旧石器発見で捏造事件があった。世界的にも、化石発見という名のもとに、捏造事件はいくつかあった。ルーシーもその可能性がある。それに気づくためには、丁寧に本を読み、まじめにシンポジウムを視聴するしかない。
 皆様のご意見をお聞かせください。




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