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建築家

建築倉庫ミュージアムで2人の若い建築家のトークを聞いてきた。

きょうで会期が終わる「Green, Green and Tropical – 木質時代の東南アジア建築展」のキュレーションを務めた津賀洋輔さんと若林拓哉さん。

インドネシアはコーヒーの産地なので、同国の成功した建築家の事務所には、ある種のステイタスとしてお抱えバリスタがいるという話が面白かった。

私は、幼い頃からずっと建築家になることを夢見ていた。
ただ、数学以前の算数で躓いていたので、高校2年のときにあきらめた。
そこから何年も、自分が何をすればいいのかわからなかった。

今でも、気がつくと建物にばかりiPhoneのカメラレンズを向けている。
自然や人間よりも、建築物の表情のほうが私には惹かれるものがあるのだろうと思う。

建築が構造物で空間を編集する仕事だとすれば、自分は言葉を使って意味の編集をしているのかもしれない。

以前、宮島達男さんの書籍のお手伝いをした際に、建築家の西沢立衛さんや、現代美術家ではあるけれども建築も手がけている杉本博司さんと会食する機会をいただいたことがある。

来世は、建築家になると決めているのだ。

ひとつ思うのは、建築を志す人は皆、いろんな形で、長い時間をかけて建築の歴史というものを学んでいるということです。皆、自分なりに歴史的な感受性というものを作っていっていると思うんです。
徐々に建築史を自分なりに作ると言ってもいい。建築の歴史というのはものすごく長いんで、全部は挙げられないから、重要なものということになると、人によって違うんですよね。
歴史を言おうとすると、この建築があって、次にこれが来て、という、列挙する建築が、人によって違うと思うのです。
そういう意味では、どんな歴史を自分が作れるかということ、つまり、過去にどういう建築があったかを言うときに、何を挙げるかというところで、どのような歴史を背負っているかがわかります。
自分で歴史を思えるかどうかというのは、すごく大きいと思います。(西沢立衛/『アーティストになれる人、なれない人』宮島達男編)


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