ピアノを拭く人 第1章 (14)
昼過ぎから降り始めた雨は一旦弱まったが、夕方には勢いを増していた。彩子は車のワイパーを最速にした。風に煽られて車を直撃する雨音は、ラジオから流れるピアノ協奏曲の緩徐楽章を聴こえにくくする。助手席には、透のために購入した便箋と封筒を入れた袋が乗っている。彩子は過去にフェルセンに行ったどの日よりも、気がはやっている自分に気づいた。
フェルセンの扉を開けると、いつもは耳に飛び込んでくるピアノが聴こえてこない。カウンターの後ろにいる羽生の目元に、疲労がにじんでいるのが遠目にもわ