”精神的”セーフティネットの構築

所用があってハローワークに行った時の話。受付で「私って障害者なんですか?」と質問している人がいました。受付の職員は、困った様子で職業相談へ誘導されていましたが、質問した方は答えに納得がいかない様子で、他の利用者に「私障害者だと思うんですが、どこに行けば障害者かどうか調べてもらえますか?」と質問していました。質問された利用者は親切な方だったようで,「私も障害者なんだけど・・・」と親身に話をされていました。

「私って障害者なのかも?」と思う人にとっては,そう感じてから何をどうすればよいか,道筋がハッキリしていないのは辛いんだろうなと感じました。ハロワの職員を責めるつもりはないけど(職員にとっても想定外の質問だろうし),自分を障害者かもしれないと感じる人にとって,たらい回しにされたと感じるような行政の対応は,なかなかくるものがあると思います。

これは全くの想像ですが,自分を障害者かと感じているということは,現実問題として何らかの生きづらさを感じてらしたんだと思います。そういう人たちが頼れるような社会の在り方が重要だと思いました。しかもこれは障害者等の弱者だけの問題だけではなく,健常者等も含め全員で議論すべき問題だと思います。そうした弱者がいわゆる”無敵の人”になって社会的な問題を引き起こすことになる前に,それを未然に防ぐことが重要です。

そういう意味では,金銭的なセーフティネットだけではなく,「こういうときはここに頼ればいい」という相談相手が確立されている,という意味でのセーフティネットの構築が大切ではないかと思います。

ここまでがTwitterで書いたことなのですが,理想を言えばタイトルにあるような”精神的”セーフティネット,つまり誰にでも相談できるような環境が作られるのがベストです。しかし,そのような社会を構築するのは非現実的なものだと思います。だから,行政,あるいは非営利団体等による支援に頼らざるを得ないのが現状だと思います。

私は,そうした人の味方になりたいと思うし,逆に自分のことを味方してくれる人が1人でもいればいいなと思っています。そうした人を増やすようなすんばらしいアイデアは今の所ありませんが,自分の思いが人に届くよう,少しでも人に優しくしていくよう,日々努力していきたいものです。

メモとして残しておこうと思ったが,妙な所信表明になってしまった・・・。

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