永遠のタンゴ〜テニス全豪オープン2017〜

※この文章は17年に書いたものです。先頃引退したフェデラーがナダルと最後にグランドスラム決勝で対決した全豪オープン。偶然ですが、こちらもどうやら引退のセレナ最後のグランドスラムタイトルとなった、8年ぶりの姉妹対決女子決勝もすこし書いてます。

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 赤道を挟んで時差2時間。真夏のメルボルン・パークはシードダウンが相次ぎ、波乱、と言うより、混乱、と言った方が正しいようなてんやわんやぶりでびっくりの1週目。同じ頃、あちこち大雪の日本では、万年大関がまさかの(失礼!)優勝と横綱昇進でこれまたびっくり。でもさらに上をゆくとっておきのびっくりが最後に用意されていた今年の全豪オープン。あれから4日ほど経ったけれど、心の中にまだ胸熱のかけらが残ってる。腰に貼ったまま忘れてたホッカイロが気がつくとまだあったかかった、みたいな感じで。

 あれ、もしかして? いやいやいやそんなことが、でも、もしかして! ひそやかなざわめきが日毎にボリュームを上げていくようだった2週目。カオスをくぐり抜け、互いにフルセットのくるしいくるしいセミファイナルを経て、今年最初の頂上決戦に名乗りを上げたのは、まさかのシード17と9。ともに今シーズンケガからの復活を目指す、ロジャー・フェデラーとラファエル・ナダル。

 グランドスラム決勝でこのふたりが顔を合わせるのは6年ぶり。最後の対戦は11年の全仏。時代はまだフェデラーとナダルのものだったけれど、じりじりと台頭してきたジョコビッチの影が濃くなってきていた頃だった。決勝を見ながら、このふたりがこのコンディションでグランドスラムの決勝を戦うのをあと何回見られるだろう、と不意にせつなくなったのを覚えている。そうか、あれ以来か、あれから6年も経ったのか。

 寄せては引く波のように、計りかねて揺れ続ける天秤のようにセットを奪い合い、たどり着いたファイナルセット。ベースライン後方深い位置で構え、ひたすら走り続けるナダルに、逃げ切って、と祈りながら、フェデラーのため息が出るほど美しいバックハンドのウィナーに歓声を上げ。ロッド・レイバー・アリーナに住むテニスの神さまも決めかねていたんだと思う。勝敗はもうどっちでもよくて、ただ、終わらないで、と願った。

 居合わせた自分の幸運に、言葉もなく感謝する。ああ、ずっと見てきてよかったな。人生には時々こういうことがあるな。男子に先駆けて行われた女子決勝もそうだった。09年全英以来のグランドスラム決勝姉妹対決。控えめで物静かなおねえちゃんと、姿も気性も激しさむき出しの妹。難しい病気を克服しながら復活したヴィーナス。たぶん、チャンピオンでい続けることでそれを支えたセレナ。表彰式では、勝った妹より負けたおねえちゃんの方がうれしそうだった。ああ、よかったな。長く続けることはくるしいことだけど、長く続けなければわからないことがあるな。フェデラーが表彰式でナダルに贈った言葉を、全員に贈りたい。「テニスには、あなたが必要だ」。なぜなら、この勝利も敗北も終わりではなく、始まりだから。

 誰もが気が遠くなるほどのひとりを生きる。ひとりでしか出来ないことがある。でも、ひとりでは決して出来ないことがある。It takes two to tango. タンゴはひとりでは踊れない。日本語の、喧嘩両成敗、に近い意味を持つ英語のことわざを思い出して、くすっと笑う。そうだそうだ、あんないい試合しちゃって、こんな気持ちにさせられちゃって、責任は双方にある。コートでネットを挟んだひとりとひとり。そしてそれを見つめる多くのひとり。永遠のタンゴ。あの日、我々はそういうものを目撃した。

2017.2.2

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