うちの妹にはKindle Paperwhiteがよく似合う
今年も妹の誕生日がやって来たぞ。ということで、生誕15年目のお祝いとして、最近本好きを目指しているらしい妹へ、Kindle Paperwhiteを贈ることにした。そそっかしい彼女のために専用カバーもつけてやるべきかとも思ったが、凡庸な大学生男子が選んだデザインものの何かが華の女子高生を満足させられる自信はまるでないので、後日好きなものを買い足してやるということにした。妹は一週間前くらいからやたら「お兄お兄〜来週の火曜日は何の日だと思う〜?何か特別な日な感じしない〜?ねぇねぇ」といつものうざ絡みをしてきたので、いつも通り無視していたのだが、当日の晩飯後にも何もプレゼントなどないのだとうっすら予感し始めると、涙目でリビングの隅っこで膝抱えてた。風呂に入る前、さりげなーく「あ、誕生日おめでとな。ほいこれ」とやっとこさプレゼントを手渡すと、「あ、ありがとうぅ……ありがとううぅ……」と涙ぐんでた。うちの妹は分かりやすくて単純だ。風呂から上がったら既に妹は元気にぴょんぴょん飛び跳ねて「Kindle!Kindle!」と喜び勇んでいた。
「ねぇねぇお兄、これ!これ読みたいの!」
と、妹が目を輝かせて早速Kindle画面に映し出された書影を指差していた。ハードカバー。定価3080円……高いな。ノーベル文学賞がどうとか書いてある……っていや、君がこれ読みたいの?めちゃくちゃキラキラした目で俺を見つめている妹のアホ面が眩しい。しかし一方俺はというと、わが妹がこんな小難しげな文学作品を読むのか?と真面目に考えれば考える程、何だか笑いが禁じ得ない。いかんいかん……。せっかく読書にハマり始めたというのだ。優しい兄としてはそっと後押ししてやらねば……。
「おう、いんじゃない。読んでみたら」
「うん!ありがと〜お兄〜!」
そして彼女はキラキラと書影を指差し、俺を見つめたまま。
…………ん?
「アホか、本は自分で買うんだよ!何甘えてんだ!カバーも買ってやっただろーがっ」
つーかそもそも高いんだぞ、Kindle自体が。中位機種のKindle Paperwhiteだと1万3千円くらいする。
「そう言わないでよぉ!今月金欠なの!おっきいパンケーキ食べに行ったからお金ないのっ!」
3000円のお小遣いで毎月やりくりするのは乙女には大変なんだよぉ……と妹はもはやなりふり構わずめそめそ泣きついてきた。で、最終的に「1000円以下。一冊限り。そして今回限り」ということで、しょうがないので妥協してやった。くそ。
しかしまぁ、意外なことに、妹は常々こんな感じなのに、案外ちゃんと読書家をやっているようだ。それからは毎日Kindle片手にリビングでごろごろ寝っ転がってたり、プリン食ってたり、ヒップアップの体操みたいなのしてたりと、わりといい感じに読書継続中である。今まで何しててもずっとスマホいじってたのにな。
「違うの、今までもスマホのKindleアプリでKindleしてたのー!読書家なんだよぉわたし!」
なるほど。道理で初めてのKindleにも意外と手間取らずに初日からスイスイ楽しめてたわけだ。感心する俺に妹は得意げに、「でもねー、やっぱりKindle Paperwhiteすごいんだよねぇ」と鼻高々に続ける。
「とにかく夜寝落ちする際の導入感が最高だよねぇ。スマホのライトだとどんなに光量落としてもペカペカして眩しくて苦行だもん最後の方。それに比べてKindle Paperwhiteときたら、目にも優しい快適な寝落ち感!片手で持っても重量感ないから楽だし、いつでも寝落ち出来ちゃう。そして防水機能付き!しかも見て見て〜」
と、妹がKindle Paperwhiteの画面をタッチして自慢してくる。て言うか、さっきから九割九分くらい寝落ちに向けた快適性の話ばかりなんだが?
「これ凄くない?なんとなんと、分かんない単語とかWikipediaで調べたり出来ちゃうの!賢い〜。まぁ、検索に限らずネットに繋ぐのはちょーっと速度がのっそりしてるから、そこはたまにキズだけどもね。あ、でもね、気に入ったとことかこうやってマーカーみたいに印しておけるから、カッコいい台詞とか後でまとめて後でチェック出来るし、そらからそれから……」
と、それを妹さんへ購入させて頂いた兄としては、いやもうその辺りのことは買う前に一応調べたから知っているよという気がしたのだが、なんだか微笑ましいのでいちいち解説されてみることにする。ていうか俺も持ってるし。しかし、カッコいい台詞をまとめて後でチェックする妹の姿を想像すると、流石わが妹はいつまで経ってもわが妹だな……という気持ちになる。
それから、妹は読み途中の本や読み終わった本を毎回容赦ないバリバリのネタバレで解説してくれるようになった。まぁいいのだ。俺は小説とかは正直あんま詳しくないし、よく分からんとさえ言って差し支えない。その手の本はどうせ読む事もない。俺も読書は嫌いじゃないが、読むのは決まって数学関連の本とか流行りのビジネス書とかそういう類ばかり。なので、妹も全く気兼ねなく、色んな不可思議な小説のネタバレ解説論文をどんどん俺にぶちまけてくれた。
「名前がさ、盗まれちゃうんだよ。そんでね、なーんか物質が意志を持って人間に反乱を起こしてきてね、主人公はずっと迫害されてて居場所がなくて、遂には裁判にまでかけられて……自己とは何だろう?という危うさを描いてるよね」
どんな話だ。アバンギャルド過ぎるだろ。確かに危うい話である。
「なんかこれはしゅごい大変な大作らしいんだけど、とにかく、複雑で読んでると今何をしてたんだっけ?ってすぐ分からなくなって混乱してくるの……。とにかく、物量の暴力だよ。主人公の目に一瞬止まったただけの映像とかに対する描写が毎回数ページ続くのね。で、とにかく今はなんか下水道でワニ退治とかしてる。でも、目的は謎の女探しで、それで……」
こっちもこっちでカオス過ぎて本筋が見えん。頑張れ妹。
「モテない中年の性欲オジサンがなんかクローン?みたいのになるの。で、クローンはクリーンでもう変態魔人ではないんだけど、でも人間らしさみたいなものを探していて、滅びた地球みたいなとこで人間らしさを探す旅に出かけるの。見どころはね、辛いけど、とにかくオジサンの隠キャ描写がガチなの。超資本主義的な現代社会の生み出した新しい人類の孤独だね」
オジサンに対する説明のアクが強過ぎて、なんかクローンとか滅びた地球とかいうSFっぽさが全く頭に入ってこねぇ……。そして、そんな悲しそうな顔で隠キャオジサンを語るな。こっちまでなんか悲しくなってくる。て言うか、俺の妹大丈夫かな。解説してくる小説が大概こんな感じで訳わからんし的を得ない話ばっかりだ。の割に、なんか大層な言葉で形容している妹のドヤ顔が印象的で、申し訳ないが新しい日常系ギャグ漫画みたいなシュールさがある。そうやって、俺がちょっと見くびりつつ話半分に聞いていると妹は妹で「あー、今ちょっとバカにしたでしょー!もうっ」と目ざとく察知してくるので曲者である。
「いやさ、妹よ。なんつーか、もっとこう……普通の話ないの?それか、せめて俺でも知ってるようなタイトルとか作者のやつとかさ」
と、俺が言うと、妹は「う〜む……」と考える仕草のお手本のようなポーズをして、やがて言った。
「実の兄が虫ケラになって引きこもりになって家族が困惑して辛い話、とか」
「実の兄の目を真っ直ぐ見ながら真顔で紹介するなそんな話」
俺は虫ケラでも引きこもりでもないぞ、失礼な……。
「って、あぁ。それなら聞いたことあるな。なんだっけ?ヨーロッパかどっかの作家の……。確か、カフカの、『変身』だっけ?」
そういえば昔、なんの因果か読んだことがあった。父親の本棚から拝借したのだろうか?覚えてはいないが、微かな記憶を手繰り寄せて俺は答えた。どうやらそれで正解だったらしい。そしてまた例の如く、妹は得意げにストーリーを語りだす。解説されなくとも、大体さっき妹が一言で説明したような話だった。覚えている。結局、救われないんだったよね、あの話。あんな嫌な話書くなんて、作者も意地悪だよな。すると妹は「そうかなぁ。わたしの意見は違くてね。あれは……」と続けた。
「あれは平たく言うと、それこそニートの話なんじゃないかって。例えば何か不運な事故によって今までみたいに自由に働けなくなったら、家族の手助けなしには自分でごはんも食べられなくなってしまったら。昔の古い社会では家族の成員として、人間としてまともに数えて貰えなくなるっていうリアルな恐怖。愛があっても、かつても今も確かに彼への尊厳があったとしても、最後には本当に”虫ケラ”として家族に認識されてしまうの。でもそれは慎ましやかな家族が普通に平和に暮らしていく為に選んだ苦肉の手段。そうせざるを得なかった。だからね、『変身』っていうのはさ、まぁ、外国語だから分からないけど、何となく”不可抗力によって降り掛かった変貌”ってニュアンスなのかなって」
ふーん……と、俺は適当な相槌を打っていつも通りの風を装いつつ、ちょっとびっくりしていた。なんか、俺、同じ本読んでもそんなこと考えもしなかったわ。めっちゃ真面目に読んでんじゃん妹。もしかしてうちの妹は本当に読書家なのか?知っている本の感想を聞くのは初めてだったので、俺は重ねて言うが本当にびっくりしていた。今まで軽んじていて、可愛いおバカな子犬みたく思っててごめん、妹よ。ちょっと見直したかも。
それからというもの。
俺は妹に触発され、一念発起して小説を読み漁る日々を始めた……なんてことはまるでなく、あいも変わらず、近年話題だった『FACT FULNESS』とか講談社ブルーバックスみたいな本ばかり読んでいる。そしてその合間、定期的に妹の楽しい文学講義に参加させて頂くのだった。本当にいつだって妹は楽しげに、堂々と、崇高な文学について俺に知識を授けて下さる。kindle生活もだいぶ板についてきたなぁと俺がそんな妹をちょっと褒めたりなんかすると、妹はすぐ調子に乗ってドヤ顔をしてくる。
「わたしは知性溢れる文学少女だからね。しょうがないなぁ」
あー。これさえなければ、もうちょっと知性溢れてたかもしれないのになぁ、と俺なんかは思いつつ。今日も有り難く、有り難い講義を受けさせて頂くのだった。
「はいはい、うちの妹にはKindle Paperwhiteがよく似合うよ」
「むうう……バカにしてぇえ……」
いやいや、そんなことないさ。だからこれからもせいぜい、文学少女ライフを楽しんでくれ。
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