初恋の亡霊

浴室の鏡の向こう。サテンのワンピースを脱ぎ落とした私は、赤いネイルの爪先で新しい首筋の痕を咎めるように撫ぜた。傷が一つ付いたその肌を「真っ白で綺麗」と熱っぽく褒めそやす彼の艶めかしい声色がずっと耳の奥で反響している。アルコールと疲労とが、気怠く身体に纏わり付く。汗が髪を湿らせて、額を這う粒はやがて泣いた後みたいにアイラインを濡らして滲ませる。僅かに震える心臓で、私は私を見つめた。魅力的な私。奴隷のように、あるいは女君主のように、また一時の気の迷いで恋を踏み躙る。誰でもいいの。でも、あなたでもいい。同じように夢を見ているだけ。ずっと。

理想的なシルエットを象って創り上げられた私。変わらないのは右肩のほくろだけ。それ以外は全部捨ててきたの。

目まぐるしく私を魅了する彼らと、彼らを飛び回る私。どちらかが花で蝶だなんて、そんなに美しいものではないけれど。裏切りと嘘ばかりの言葉で、ここまで辿り着く為に。私は慎ましいふりをして、お姫様になって、毎晩王子様ごっこに連れ立って行くの。何も知りませんと照れた顔を作って笑って、今だけは二人して恋の亡霊らしくロマンチックに指を絡めましょう。たくさんの愛の言葉を学んだの。一から順に繰り返して、呪文みたいに唱えたら、気持ちがいつか降ってきますように。叶わなかった初恋でいつも気を引くの。常套句なのにね。ずっとずっと忘れられないのって。

あられもない現実を手に入れたら冷めるんじゃないかって、不安に思う必要はないみたい。彼はまだ私を愛してるし、不気味なくらいまともに恋をしている。可哀想。でも羨ましい。私は眠る彼の髪で遊びながら、少し嫉妬を覚える。だって私の情熱はいつも一方通行。もう絶対にどこにも届かないまま、知られずに朽ちていく。嫌な運命。嘘の中に嘘と本当を隠したの。どれが私でどれが私じゃないかなんて、誰にも分からない。ずうっと眠っていてね。幸せだと思えば幸せのまま。恋人をやってみる?毎晩好きなだけ命令していいよ、可愛い可愛い、どうでもいいあなた。恋の屍の上で仲良く踊っていましょう。

私はまたあなたに抱きすくめられ、15センチの心地よい身長差に身を埋める。強く抱き寄せて。慣れてきた肌の匂いに瞳を閉ざして、私はあなたのものになる。何でも言うこと聞くから。初めての恋をまた見させて。

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