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養鶏場

市の養鶏場設立反対運動に参加していた。

先週いきなり駅近くに養鶏場が建つと説明会があったのだ。不意なことで参加していた住民も少なく、今日ようやく反対運動を開始できた。

昨晩プラカードを作り、揃いの鉢巻まで作った。こんな一等地に養鶏場が建ってしまったら、市内にはあっという間に獣臭が広がり、地価が下がってしまう。それに毎日の通勤も苦痛になる。

反対運動を通じて、せめて郊外に養鶏場を追いやってしまおうというのが私たちの目標だった。

建設予定地を囲んでプラカードを掲げた。もともとビルが建っていたところを居抜きで借りたようだ。こんなビルを養鶏場にするなんて、意味がわからない。もっと広い場所でニワトリを育てた方が良いじゃないか。

「養鶏場設立、反対!」

駅の辺りを管理する区長も来ていた。区長の取り巻きたちも見え、結構な団体になっている。

「養鶏場設立、反対!」

プラカードを掲げてると、養鶏場の関係者らしき人が建物に入ろうとしているのが見えた。その人めがけて声を張り上げた。プラカードを握る手にも力が入る。

「養鶏場設立、反対!」

すると、職員らしき男は困った様子でこちらに向き直った。

「反対と言われましても・・・」

こめかみのあたりを掻いている。どうやら事の重大さを理解していないようだ。

周囲に獣臭を振りまく施設を、地域住民の賛同も得ずに勝手に作るなんて、常識外れではないか。こういう話は、きちんと筋を通すべきではないのか。義憤にかられ、声はどんどん大きくなる。

「反対と言われましても、なんだ!私たちは、養鶏場の設立を、断固反対する!」

そうだそうだ、と私を援護する声が増えていく。

「あの、どうしてダメなんでしょう?」

この期に及んで口答えか。この男、なかなか小狡い顔をしている。

「臭いに決まってるだろう!こんなとこに養鶏場があったら、駅周辺はどこもかしこも臭くなる!」

「・・・臭い、ですか。今はどうでしょう?」

「今?今は臭いなんてしないよ、当たり前だろう!そうやってのらりくらり質問をかわそうってのか!」

「いや、臭いしないですよね。でももうニワトリはたくさん居るんです」

なんと、住民の許可も取らずにすでにニワトリの飼育を始めているらしい。なんと図太い会社だろう。

「住民の許可なくニワトリの飼育を始めて良いのか!今からでも郊外への移転を要求する!」

区長も怒鳴り声を上げている。

「・・・中、見ます?」

職員の提案に乗って施設内へ立ち入ることにした。施設の中が無臭なはずがない。臭いを指摘すれば、きっとこの男も観念するだろう。息巻いて集団で乗り込む。

先導する職員に続き、養鶏場と書かれた部屋に入る。

施設の中には沢山のニワトリがいた。けれど、まったくの無臭だ。深く息を吸っても嫌な臭いはしない。餌や土の臭いもしない。しかも、ニワトリたちにはなぜか生き物らしさを感じない。機械のようなのだ。

触ってみると体温もない。ニワトリは触った手から逃げることもなく、鳴きもせず、ぼんやりと動かない。

「これ、ニワトリ?」

集団の誰かが口にした。

男はその質問に嬉しそうに笑った。

「そうです。全く新世代のニワトリです。臭いもしない、鳴き声もない、餌も不要、広い土地を必要としない、ただ卵を産むだけのニワトリなんです。しかも、このニワトリから生まれた卵には、さらなる利点もあって・・・」

違う世界の話を聞いているような気分になった。そんなニワトリがいるはずがない。けれど、目の当たりにしているニワトリたちから獣臭はせず、鳴きもしない。そして定期的に卵を産む音が聞こえる。

言葉を失った私たちは、何も言い返せずにトボトボと帰った。



帰り道、セブンイレブンで親子丼を買った。卵が乗って美味しそうだ。レジで温めてもらっても、卵が爆発しない。食べてみると、味も卵だ。知らないうちに時代はここまで来ていたのだ。

手狭な部屋で、冷えたニワトリの手触りを思い出していた。

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