スターリンとプーチン 

 NHKの映像の世紀の新シリーズの「スターリンとプーチン」。昨年5月の放送だけど、明後日までNHK+で無料配信中ですね、これを見ると、プーチンという男の恐ろしさ、なぜウクライナ侵攻なんて時代錯誤の蛮行に及んだのか?ってことがよくわかる。

 歴史家でも専門家でもない私たち一般の日本人には21世紀に入って、国家VS国家で、戦車やミサイルを打ち合う古典的な戦争が勃発した理由がわかるようでわからない。それはロシアの歴史やプーチンという政治家のイメージが必ずしもしっかりなかったからだろうね。

 というのも、日本では歴代最長政権を築いた安倍総理が北方領土返還を目指してプーチンとの蜜月を演じてきた。今となっては、どう考えてもプーチン側に1ミリでも「ロシア民族が戦争で奪い取った領土」を返す気なんてなかったとわかるので、踊らされていただけだろうけど、そんなピント外れの日本外交を私たちも報道してきた。その結果、欧米ではかなり以前から危険視されていたプーチンを、柔道を愛する親日家のように報道し、秋田犬をプレゼントするなど友好関係を築いてきた。

 私はけっしてNHKの回し者ではないけど、この番組をみると、プーチンがなぜウクライナを侵攻したか、ロシア国民はプーチンが掲げる「ウクライナの非ナチ化」なんて荒唐無稽な理屈をなぜ受け入れるのか?スターリン時代に原点があり、歴史が回廊のようにつながって今日の侵攻に至ったことがよくわかる。改めて歴史を学ぶって、いまの時代を学ぶことなんだってよくわかる構成になっている。

 まずはスターリン。プーチンがよくその名を引き合いに出す、この独裁者について知らないとロシアが分からない。同胞を戦争や餓死で2000万人以上殺した、ヒトラーや中国の毛沢東に並ぶ虐殺者。社会主義ソビエトで農場の集団化をする。そう学校で習ったコルホーズとかソフホーズってやつですな。それによって生産性が下がりまくって、さらに飢饉が襲って、大量の餓死者をだしている。

 そのなかでもむごい被害にあったのが欧州の穀倉地帯と言われた肥沃な大地「ウクライナ」。ソビエト中央の取り立ては容赦なく、300万人が餓死したといわれている。飢え死が300万人だよ?想像できます?当時の記録には「母親が自分の子どもの一人を斧で殺して煮てほかの子どもたちに食べさせた」という酷い記述もあるという。

 スターリン時代もウクライナはそうした弾圧に苦しんでいた。母親が子どもを殺して食料にしていたなんて、地獄絵図のような世界だ。そのスターリン支配の地獄に侵攻してきたのがナチスのヒトラーだ。当時のドイツ第三帝国はソ連に宣戦布告。だから、当時のウクライナには、ナチスを解放者と歓迎した側面があったということ。それがプーチンが掲げる「ウクライナのネオナチがロシア系国民を弾圧している。だからロシア系住民の保護のために侵攻した。ウクライナの非ナチ化が目的だ」という、現代から見たら荒唐無稽な理屈につながってしまう。そして、一定層のロシア人、とくに戦地に送り込まれた、洗脳されたようなロシア兵は本気でウクライナにネオナチがいると思ってしまっている。これが歴史のつながりだ。

 このときのドイツVSソ連は「独ソ戦」といわれ、ソ連側の死者は2700万人におよぶといわれている。まさに絶滅戦争。とりわけレニングラード包囲戦は熾烈をきわめた。ナチスがレニングラードを包囲するが、スターリンは国民の避難を許さない。スターリンは「我が国の人的資源は無限だ。1ミリも撤退するな」といって、市街地での消耗戦を選択させる。その結果、包囲されたレニングラードは食料も水もなくなり、大量の餓死者を出す。包囲は900日間に及び、100万人が死んだ。

 結局、レニングラードが解放されるのは反撃に出たソ連軍によるが、ソ連軍の戦い方もまたえげつない。前軍と後軍にわけ、後軍が前軍を監視し、後退してきたらなんとその後軍が前軍を討つ、という恐怖支配の陣形。こうしたスターリン流の戦い方は、いまのプーチンによる国民30万人の動員などにつながってくる。つまり、敵に勝つためなら、自国の国民や兵士はいくら死ぬことにも躊躇がない、という図式のことだ。
 
 ここまで読んでもらうとスターリンの恐ろしさがよくわかりますよね。話が少しそれるけど、このスターリン、第二次世界大戦末期に米国のルーズベルト大統領に対日参戦を頼まれた時、「北海道の北半分をよこせ」って要求をしている。仮に、日本がドイツや朝鮮半島のように分割統治されていたらと思うと、決して私たち日本人にとってウクライナ戦争は他人事ではないんですよね。

 話を戻すと、このレニングラード。いまはサンクトペテルブルクと都市名が変わっています。モスクワに次ぐ、ロシア第二の都市です。そしてスターリン死去の半年前に、包囲戦の傷跡残るこの崩壊した都市に生まれたのが、ウラジミール・プーチンなんです。両親は子どものころに亡くなっている。スターリンと入れ替わるように、それも独ソ戦の悲惨、凄惨な土地に生まれたこの男。幼少期にスパイにあこがれて、体が小さいからいじめられないように柔道を習って、念願かなってKGBのスパイに採用されるのは有名な話ですね。

 KGBのスパイになったプーチンは東ドイツに勤務。1989年ベルリンの壁が崩壊、愛する祖国ソビエトが崩れていくのをなすすべなく見送る。そして失意のもとで故郷のサンクトペテルブルクに帰国。帰ってきた愛する祖国は無残だった。米国と並び立っていたはずの大国ソビエトの姿は跡形もなく、経済が破たんし、失業者であふれ、スーパーにものもない。この愛国者もKGBが倒産して失業者になり、なんと、プーチンさん、白タクの運転手をやっていたらしい。そこに大学時代の恩師がサンクトペテルブルク市長選に出るとなり、お手伝いを頼まれたらしい。

 元KGBのこのやり手はすぐに頭角を出し、あっというまにわずか1年で副市長にまで上り詰める。この恩師が声をかけさえしなければ、プーチンは白タクの運転手で人生を終えてくれたからもしれない、そうしたらいま何十万人と無辜の民が亡くなっていることを思うと、歴史の怖さですね。

 とにかく政治の世界に入ってからの出世のスピードは半端ない。中央政界もプーチンの能力を聞きつけ、スカウト。アル中の初代ロシア大統領、エリツィンのもとで、KGBの後任となるFSBの長官に任命される。KGBでは課長クラス程度までしか出世していなかったのが今度はトップ。そして、ここからは私たちが知るプーチンそのもの。エリツィンの汚職を摘発しようとした検察トップを盗撮と盗聴で失脚させてエリツィンの信頼を勝ち取る。ついにナンバー2の首相に上り詰めた。

 ここからのエピソードが恐ろしい。そしてこれを知ればプーチン相手に北方領土が返ってくるかもしれないって本気で思って交渉した政治家が日本にいたことにあきれ返るだろう。
 
 どういうことか?

 首相になったプーチン、異例のスピード出世もありう、ロシアでは「プーチンって誰?」状態。みんな「そんな奴、知らない」、「大統領になるはずない」、っていう街頭インタビューが番組ではさんざん流れる。みんななめていたプーチン首相。そんなときに、モスクワ内で連続爆破テロ事件が起こる。市民300人が死亡した。プーチン首相は当時分離独立運動していたチェチェンの反政府組織の仕業だとして、チェチェンに侵攻。一般市民を巻き込む容赦ない爆撃、殺戮を行った。かくしてモスクワからテロが撲滅され、強いリーダーとしてプーチン人気に火が付いた。毎日のようにマスコミに記者会見し、支持率は70パーセント、そして晴れて大統領選に勝利して、2000年、遂にロシア大統領に就任。冷戦崩壊時には白タクの運ちゃんだった男がわずか10年足らずで大統領ですよ。

 (*このプーチンの白タク運転手については諸説あり。というのも当時のロシアでは街に失業者があぶれ、多くの国民が自家用車で白タクをしていたからプーチンも副業的に日銭稼ぎでやっていたといわれている)

 この何が恐ろしいかって?

この300人が死んだモスクワのテロ、これがのちにFSBによる自作自演だったことが明らかになっている。もちろんプーチンは否定しているが、元諜報員の一人が暴露した、その諜報員はその後、イギリスに亡命するも、毒殺されている。毒殺はKGB時代からロシアスパイの常とう手段。つまり、プーチンはロシア国民300人をぶっ殺して、チェチェンで大量殺戮をして自分の支持につなげて大統領という権力の椅子に座ったことになる。

 こうして生い立ちとその始まりから考えれれば、プーチンにとっては自らが目のあたりにしたロシア帝国の再興こそが使命なのだろう。そのために人がいくら死んでもさほども気にするような人間ではないことがここまで読んでもらえばわかるのではないか。

 政治や外交、戦争、すべて歴史にしっかり対峙しないと本当のところはなかなか見えてこない。プーチンはヒトラーや毛沢東、ポルポトらと並べるべき危険人物であって、だからこそ、この戦争は簡単には終わらないだろう。まず妥協やあきらめなんてことをするような人物だとは到底思えないからだ。日本はどうするべきか?岸田総理はG7で「まだ俺だけがウクライナに行けてないよ、どうしよう」、なんて世界からみたらどうでもいいことに思いめぐらす暇があった、どうやってこの狂信者がいる隣国と対峙するのか、真剣に向き合っていかないといけない。

 3月には、NATOの戦車がウクライナに届くだろう。戦闘機の供与も時間の問題だ。ウクライナがロシア軍を蹴散らしたらこの戦争はプーチンがあきらめて終わるのだろうか?

 日本では、いい加減なコメンテーターどもが「戦争の終わらせ方を考えよう」、とか「国連の仲介」で、などといったのんきな意見も出ている。いやいや、プーチンの生い立ちをこうやってみてみればわかるだろう。この男は負けを認めるぐらいなら、躊躇なく世界を終末戦争に巻き込むボタンを押すのではないか。そうした恐怖が歴史から伝わってくる。スターリンの恐怖政治はスターリンの死によって終わった。いまの世界は70歳のプーチンがどうなるかにかかっているといって過言ではないだろう。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?