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続・続詩作のための練習詩

短詩五音六句の音律の特性

 以前、「詩作のための練習詩」と「続詩作のための練習詩」の2つの記事で紹介した「五音六句の短詩」の補足編です。前回までの記事では、字数(音数)を中心にしたお話をしてきました。ただ、それでも、この定型について、きっと疑問に思うことは多いのではないかと思います。おそらく大概の方は、すでに知っている短歌や俳句などの音律をもとにして定型詩を見るという傾向が強いからでしょう。すると、この「五五」という音のつながりはとても不自然に感じる人が多いはずです。その理由は、拍子や調子を変えて詠まないと、リズムが簡単に破綻してしまうからです。


和歌のリズムは四拍子のエイトビート?

 どういうことかというと、例えば短歌は、四分の四拍子の中で1拍につき2音(八分音符で2つ分)収まるようなリズム構成になっているとみなせます。何を言っているのかよくわからないという人もいるでしょう。具体的な例を挙げて説明します。

おくやまに もみじふみわけ なくしかの
こえきくときぞ あきはかなしき


 小倉百人一首五番の猿丸太夫の歌です。百人一首の読み上げは、実は四分の四拍子を基準にしたものになっています。八分音符8個分で一小節です。
 平仮名1つが八分音符1個分で◆が八分休符1個分の音の長さとみなして表すと、以下のようになります。

 おくやまに◆◆◆/◆もみじふみわけ/なくしかの◆◆◆/
 こえきくときぞ◆/◆あきはかなしき/◆◆◆◆◆◆◆◆/

 
 どうですか。無意識のうちに、みなさんは、これと同じか、これに近いリズムに当てはめて読んでいるはずです。いずれにしても、基本四拍子で1音が八分音符1個分です。
 

五音の繰り返しのリズムは…

 では、僕が今取り組んでいる五音六句の詩はどうなのかというと、これに当てはめると大変です。小節をまたがないようにすると必ず八分音符3個分の休符を入れなければなりません。例を挙げてみます。

 たんぽぽの まっしろな わたげたち
 かぜにのり はらはらと とんでゆく  <若夜>


 たんぽぽの◆◆◆/まっしろな◆◆◆/わたげたち◆◆◆/
 かぜにのり◆◆◆/はらはらと◆◆◆/とんでゆく◆◆◆/


 ただでさえ、同じリズムの繰り返しなのに、間も長めで変化なしです。さらに単調になってしまいました。せめて真ん中や最後くらいは余裕が欲しいです。これは最早、リズム自体があってないようなものです。


枠組み自体を変えてみる

 間延びを無くすということ。それから途中と最後に少し長めの休みを入れてみるということ。これを両方いっぺんに解決する方法があります。というよりも、これ以外はないかもしれません。というのは、三拍子にするということです。これでかなり間延びを防ぎ、しかも途中で余裕が出来ます。こんな風に。

 たんぽぽの◆/まっしろな◆/わたげたち◆/◆◆◆◆◆◆/
 かぜにのり◆/はらはらと◆/とんでゆく◆/◆◆◆◆◆◆/

「えっ?これでいいの?」と思う人は直接声に出して読んでみてください。単調ですが、さっきよりずっと自然です。ただし、三拍子です。まるでワルツですね(笑)
 この枠組みで考えるとき、五音六句の短詩では、基本的に字余りは避けるべきです。2音以上字余りは、明らかにリズム破綻しますからね。逆に字足らずは、間延びを助長するので、これも避けるべきです。厳しいようですが、字数(音数)厳守、破調はタブーです。なぜなら、破ってしまった時点で定型そのものの枠組みが壊れ、ただの散文になってしまいます。短歌のように完成されたリズムではなく、非常に脆く弱い定型なので、乱暴には扱えないデリケートなものだと私は感じています。


五音の連続は定型にあらず?

 中には、五音を並べると、それだけで、「定型でなく散文調であり、リズムは感じられない。」という意見を持つ人もいるかもしれません。確かに、短歌のリズムを基準にすればそうでしょう。けれども、だからといって、切り捨ててしまうのはもったいない気がします。実際に、過去、「新体詩」の運動が起こった時に、この「五音の繰り返し」に取り組んだ詩人もいたようですが、試作品で終わり、続かなかったという経緯があります。同じ繰り返しでも「七七」はしっかり生き残っていますけどね。


五音の短さ単調さが作る独特の印象

 五音を2回続けてしまうと、3回目以降は五音の選択を余儀なくされてしまい、なおかつ短歌のような和歌のリズムに「はまらない」変則的なものが出来上がってしまいます。結果、僕がやっているような五音を最後まで繰り返し続けるような形しか取れなくなるわけです。でも、実際に声に出してみると、単純すぎるからか何となく寂しさや哀愁が漂うこのリズムが僕は好きです。確かに普通に読んだら、のぺーっとして散文調に感じやすいかもしれませんが、散文にはない味があります。この特性を踏まえた上で内容を考え詩作を試みれば、意外に面白い作品が出来るのではないかというのが現時点での私見です。もちろん失敗に終わる可能性も高いですけどね(笑)