山奥にある新興宗教の20日間合宿に軟禁された話[2]
<信者とトリッキー事件>
トリッキーな事件は沢山あった。
宗教団体の中であれど人間の群れ。
わざわざ宗教合宿にまで来て修行をする様な信者達だから,皆が揃って真面目に取り組むかというとやはりそうではなく良く言われる2:6:2の法則が生まれる。
消灯後,皆が寝静まった深夜に真っ暗闇の礼拝堂では仏像の前で毎晩飲酒大会が行われていた。
参加者は大体10人くらい。暇な私は毎日参加。朝方まで飲むのはだいたいいつものメンバー。
物静かで長い金髪の20代の女性と,東京から来た30代独身会社員男性,少年院帰りのヤンキー中2女子,中2が親分的に慕う親に捨てられたらしい17-18歳男子,記憶にないが他にも数名いたと思う。
普通ならなかなかしない様な身の上話をしていたのが印象的だった。
30代男性は借金があって親に世話になる代わりに合宿に来たとか,金髪女性は人前で絶対すっぴんを見せられない強迫観念がある上に化粧には2時間掛かるから眠れないとか,幼少の頃に両親から捨てられて行く場所がないとか,そんな話。
宗教一色の軟禁生活の中で宗教とは離れて色んな人生話を聞くのは楽しかったから,これで19夜を耐えようと思っていたのに,数日参加した頃に突然飲み会が無くなった。
聞けば,30代会社員男性と20代厚化粧金髪女性が,礼拝堂の仏像の前で性行為を行い,それが教団幹部にバレて追い出されてしまったらしい。女性は性の依存症らしく毎夜飲み会に最後に残った色々な人と行われていたらしい。
トリッキー過ぎた。
生物が丸出しだなと思った。
<信者と恐怖>
彼女は確か私より1-2才年下で,ショートカットの素朴な背の低い女の子で,食堂で1人で食事をする私の元へ寄って来てニコニコした笑顔で言った。
「私の下着が盗まれたから一緒に探して欲しい」
初対面の人間の第一声がそれだったので驚いた。それに終始笑っているが目が笑っていない様な気がしたのと眼球が黒すぎる印象を受けて少し違和感があった。でも同世代の人間は少ないし,困っているのだろうと紛失の可能性で一緒にあちこち探し回った。足跡を辿ったり彼女の同室の人に聞いたり事務所に聞いたり,方々探したがなかった。すると翌朝もまた私の部屋に来て言う。
「別の下着も盗まれたから一緒に探してほしい」
何だか変だなと思いつつまた一緒に探したがなかった。暫くしたら庭掃除をしていた人経由で2枚とも発見された。どうやら彼女の部屋の窓から庭に落ちた様だった。でも,洗濯物は窓際に干すから早々に落ちた可能性は考えて見たけどな…?と不思議に思っていたが,とりあえず見つかって良かったねと言って別れた。
すると彼女と同室のおばさんが私の部屋にやって来て言った。
「あの子,自分で外に向かって投げていたよ。あなたが一緒に探してあげているから,ちょっと不憫に思って」
意味不明な行動に戦慄を覚えた。
ちょっと距離を空けようと思っていたが,翌朝も彼女は私の元へ来て言った。
「また下着が盗まれたから一緒に探して欲しい」
私はおばさんから聞いた事の事実確認をした。すると彼女はすんなりと笑って認めた。理由を聞くと忘れもしない,更に衝撃的な返答があった。
ニコニコと顔面に張り付いた笑顔で,たまに あははと高笑いをしながら悪びれる様子もなく話す。
「人間はな、ここ(顎下の喉元)にもう一つの本物の顔があるんよ。それが人間の本性。新民ちゃんの首の顔は白い馬で,すごい優しい良い顔をしてるから私のお気に入りなんよ。こんな良い顔をしている人はほとんどいないから,本当に良い人間かを確かめたかったの!あははは!親民ちゃんは私を助けてくれたから親民ちゃんは合格やね!あはは!おめでとう!だから友達になってあげる!あははは!」
これはこの教団の教えとは一切無関係の彼女オリジナル経典。
「アッほらあの人の首の顔はカエルやで見て」
近くを歩く他の信者の人を指差しては説明する。本当に見えている様子だったので,幻覚なのかなと感じ,精神疾患があるのかなと思った。思って理解したが,お気に入りの矛先が私い向いていると思えば少し怖かった。
その時感じた気持ち悪さと恐怖は,日に日に大きくなっていく。
いつもプログラムに参加しない私は,他の人が入浴しない時間帯に大浴場で1人で入浴をしていた。ある日1人でお風呂に入っていたら「親民ちゃーーん!!」と呼ぶ声と共に,突然ドカドカと人が靴下のまま私が浸かる湯船の側まで入って来た。
見れば彼女と,その背後には30代と50代くらいの知的障害があると思しき男性2名。湯船に浸かる私を見下ろして,黒すぎる死んだ魚の目と顔面に張り付けた笑顔で言う。
「親民ちゃーーーん!!
新しい友達連れて来たよーー~ー!!」
私の首にいるらしい良い顔の白馬も引くであろうレベルの腹からの怒声を浴びせて追い払った。
入浴後,事務所に申告し,彼女にかなりの罵詈雑言で怒り「2度と近づくな!」と言った。彼女はニコニコしながらそれを聞いて,返事もせずにその場をふわ~っと離れていった。
それから,毎日,毎時間,彼女は何事もなかったかの様に私の元へ来て「遊ぼう!」と言った。
私が怒鳴ってブチギレても諭してもお願いしても無視しても何をしても追い払っても追い払ってもニコニコしながら一瞬消えて,数時間すればまた「遊ぼう!」と言って来た。事務所の人に言っても「救ってあげなさい」と言われ,なす術がない。何をしても何も変わらない。できる事は一つ、私は必死で逃げ回った。
すると今度は,逃げる私の同室の人の元へ行き言って回った。
「親民ちゃんを一緒に探して欲しい」
「親民ちゃんに物を貸したのに返してくれない」
「親民ちゃんに物を盗られた」
「親民ちゃんが私に意地悪をしている,仲直りしたい」
そうして周囲を巻き込んで行った。
「女の子が探していたよ,遊んであげなさいよ」と言ってくる人に事情を説明するも,100人以上いる信者に片っ端から声を掛け,次々に新たな人が捜索を依頼され私の元へ来る。色んな場所で色んな知らない人とあの女の子が私を探していた。この恐怖たるや….。そんな日々が1週間は続いたと思う。
この頃には,あの女の子は実は人間じゃないのではないかとさえ思う程に,張り付いた笑顔とのっぺりした死んだ目で毎日奇行を繰り返す彼女に私は恐怖感でいっぱいだった。
そんなある日
自分の就寝室で過ごしていた時,廊下に彼女の足音がした。もうその頃には彼女の足音の聞き分けが出来ていた。
私は体の隅々の筋肉に全力で集中し,物音を一切立てずに急いで押入れの布団の中に飛び込んだ。もしも襖を開けられた時の死角を必死で探し,物に擬態するかのごとく息を殺して隠れた。
廊下から進んで来た足音は案の定,当たり前の様に室内に入って来た。部屋中を歩き回り,棚の後ろを探したり,机の下を覗き込んだり,冷蔵庫を開けたり,鞄をどかして探したりする音が響き渡る。
そうして段々と
足音が押し入れに近づいてきた時…
あの時の緊張,背中に流れる冷や汗,外に聞こえてしまうのではないかと思う程の波打つ心臓の音は今でも思い出せる。
目を閉じていたが音と光が差した事から襖がスッと開けられたのが解った。恐怖はピークでガチガチに冷え固まった体で息を殺して潜んでいたら,女の子は押入れの表をサッと見回しただけで私がいないと判断して部屋を出ていった。出て行ってから,全身が脱力して緩み,冷えた指先が小刻みに震えていた。もう20日は持たない,ここを出ようと思った。
私が一番辛かったのは宗教ではない。悪意なのか無邪気なのかさえ解らない人間の狂気と執着。それに操作される人々。自分がその標的になった事が本当に恐ろしかった。
この日事務所の信者の長に帰宅を申し出た。信者の長が痛い実母に電話をしたが母親が却下をしているからという理由で出る事を禁じられた。
私のそんな一連の恐怖の話と帰れない状態を,夜の飲み会でメンバーに話していた。その場にいた中2ヤンキー女子も狂気の女の子には色んな思いがある様だったが詳しい話はしていなかった。
それから1-2日後
毎朝部屋にやって来ていた女の子や,私を探す人が誰も部屋に来ない。
不思議に思っていたら,ヤンキー中2女子と18歳男子もおらず,合宿所から追い出されたと聞いた。
どうやら,2人が女の子をボコボコに暴行して女の子は病院に搬送されてしまったらしい….。
暴行された女の子の母親の事を知っているらしいおばさん曰く,彼女の病気が信仰によって治る筈だから彼女は家に帰らずにずっとこの合宿所に住んでいるらしい。薄々と精神疾患があるのだろうとは思っていたし病院にも繋がれない家庭環境には同情するとは思ったが,私は毎日とても恐怖だったからそれを聞かされても申し訳ないが19歳の私に訪れたのは安堵だった。今振り返っても,安堵しか残っていない。
→山奥にある新興宗教の20日間合宿に軟禁された話[3]に続く
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