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じさつとたましい32

卒論の担当は、可愛らしいおじいちゃん先生だった。

「まぁまぁ、自分の決めたテーマを少しでも深められたら単位あげるから」

やる気がないのか、寛大なのか。

大学にもなんとなく、ころころ転がるように通っていた。

体幹の力が入らない。周囲の筋力で頑張って移動しているような感覚だった。

おじいちゃん先生からは、大学附属のクリニックを受診してはどうかと言われた。

昨年度のゼミから付き合いがあるのに、
なんでそんな今更と思ってやめた。

就活は諦めていた。卒論を書き切って卒業ができても、もうプー太郎でいいやと思っていた。
内心はドキドキと諦めが半々だった。まだ争う力があった。

論文を探して、パソコンの前でイライラしていた。
マウスを意味もなく、横に乱暴に振ったりもした。

とにかく単位集めと卒論完成に必死な時間を過ごした。

しかし、期末試験でやる気が沈没し、単位は悲しくも散っていってしまった。

この年は卒論を書き切ったが、駄文で、もはやテーマも思い出したくない。
流石のおじいちゃん先生も苦笑していた。

意外と留年確定組の中には、旅に出たりして、またもう一年私と大学生をする人も出てきていた。

そうやってまた春がやってきた。
おじいちゃん先生は退官することになり。最後に挨拶に行くと、カレーを奢ってくれた。

「君さ、自動車免許更新の認知機能検査見たことある?試しに解いたら僕、及第点だったんだよねえ。うん?このお肉固いねえ」

正直、緊張していたのでカレーの味は覚えていない。

「君さ、卒論はどうだった?テーマは深まったの?息も絶え絶えだったけど頑張ったよね。提出や発表のあたりは、母の調子が悪くてね。あまりうまく指導ができなくて申し訳なかったね。
僕はね。卒論はどんな出来でも良いと思うんだ。自分の疑問やテーマを少しでも掘る、その学びが少し人を成長させてくれる」

先生はカレーに醤油をかけ始めた。
なんて趣味なんだ。

「僕ね、本当は医学部に行きたかったの。早稲田大学が見える予備校で、何糞と思いながら、2年間勉強したけど、落っこちたのよ。悔しかったなあ。まあさ、よくある話だけどこれも僕の学びなのね。君も今、何かを学んでいる最中なの?無理にそう思わなくても良いけど、そうだといいなと僕は思うよ」

この学校は、人の気持ちを、しん、とさせて、
よく耳を開かせる話をする人が多くいる大学だなあと思った。

「先生、なんでカレー奢ってくれたんですか」

「うん?認知機能検査及第点でねえ。悔しかったんだよ。君、学生なんだから、カッコつける先生くらい見ておきなさいよ」

頑張ってカレーを食べ終えて、先生に頭を下げて別れた。
卒論は、どんな内容であれ、この年に書ききれてよかったと思った。

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