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不法移民流入で揺れるポーランド・ベラルーシ国境


EUの東の国境でもあるポーランドとベラルーシの国境では、イラクを中心とする大量の不法移民が停留し、その流入を阻止する状態がすでに3ヶ月以上続いている。そしてその状況は悪化するばかりだ。これはロシアのプーチン大統領の後ろ盾によるルカシェンコ氏の策略だという点で、ポーランドの与野党、EUの間で考えは一致している。だが、移民を入国させるべきか、移民の人道的扱い、支援という点では与野党、EUの間で意見が割れ、それが事態を一層悪化させることになっているようにも見える。今回の不法移民の問題はもちろん、今後ポーランドそしてEUは移民をどう扱うべきなのか。そして、不法移民問題を通して見えてきたEUとポーランドの関係とは。
アフガニスタン難民として
 移民が最初にポーランドとベラルーシの国境に集まってきたのは、バイデン大統領がアフガニスタンからの米軍撤退を決めた8月下旬だった。最初はタリバンから逃げてきたアフガニスタン難民と言われていた。だが、アフガニスタン難民としてはベラルーシに到着するのがあまりに早く、不自然だったことから調べたところ、そのほとんどはイラクから飛行機で来た移民だというのが判明した。
 ポーランド政府は最初からこれは移民を利用したルカシェンコ氏の政治的策略で、それをバックアップしているのがロシアのプーチン大統領だと言っていた。その点でEUの考えも一致している。ポーランド政府は最初から不法移民の入国を阻止する方向で、EUもそれを支持していた。さらにベラルーシとの国境を持つリトアニアやラトビアも移民政策においてはポーランドと同様の態度を示している。
ルカシェンコとプーチンの目論見
 では、ルカシェンコ氏はなぜわざわざ中東諸国から「難民」として人々を自国に呼び寄せ、ポーランドの国境を越えるように仕向けたのだろうか。これについては3つの要因が妥当だと考えられる。
1)昨年のベラルーシの大統領選で選挙の不正を指摘したチハノフスカヤ氏を支持したEUとポーランドに対するルカシェンコ氏の復讐。
ポーランドはチハノフスカヤ氏の主張を支持しているだけでなく、ベラルーシの反体制派ジャーナリストも支援し、さらに最近では東京オリンピックで政治亡命を求めた陸上選手も快く受け入れている。
2)「難民」によりルカシェンコ氏はEUから補助金を得ようとした。
2015年にドイツのメルケル首相の主導でEUは難民に対して国境を開放し、難民受け入れ政策をとった。それにより、中東・アフリカから難民が大量にEUに流れ込み、大問題となった。「難民」という名目で流入した人々の大半はドイツやフランスでの職を求めてやって来た経済移民だった。この政策により西欧では治安が悪化し、予想を遥かに超えた移民の数に悩まされる事態になった。その解決策として、トルコに移民を滞留させ、その代償としてEUは多額の補助金をトルコに支払う契約をした。
 ルカシェンコ氏は今回、トルコと同様に補助金を得るために移民の移送を計画した。これについてはロシアのワヴロフ外相も「難民を滞留させる場合、ベラルーシにはEUからの金銭的支援が必要だ」とルカシェンコの計画を後押しする発言をしている。
3)移民問題によるEUとポーランドの弱体化を図った。
EUが出した2015年の難民政策によれば、難民を受け入れないわけにはいかない。だが、ベラルーシが送り込む「難民」を全員受け入れれば、経済的にも治安面でもEUは大きな打撃を受ける。また、受け入れを回避し、ベラルーシに滞留させれば、それはそれで多額の補助金を支払わなくてはならない。また、ロシアはEU全体としてではなく、ドイツなどEU加盟国の一部と個別に話す方が話が通りやすいことを心得ており、それはEU内での分裂や確執を招き、組織としてEUの弱体化につながることも思惑としてあったかもしれない。
 さらにポーランドについて付け加えるなら、ポーランドは2015年にPiS(法と正義)が政権をとって以来、与野党が激しく対立している。前の論考でも書いた通り、ドナルド・トゥスク氏が最大野党PO(市民プラットフォーム)の党首に復帰してからさらにそれが激化している。それをうまく利用してポーランドの内部からの弱体化とポーランドが対外的にも疎外されるのをベラルーシとロシアは狙っていたのではないだろうか。そしてロシアが目指す先には、やはり大国ロシアの復活があるのではないかと思われる。
はやまったドイツの対応
 昨年の大統領選の不正によりベラルーシはEUから制裁を受けている。また、EUもポーランドもルカシェンコ氏を未だ大統領としては認めておらず、昨年の大統領選以来ルカシェンコ氏は疎外された状態だった。それが今回、EUが「難民」を受け入れないのであれば、ベラルーシが「難民」を自国に送還する代わりにEUはベラルーシへの制裁を解除すること、あるいは「難民」をベラルーシに滞留させる代償としてEUは補助金を払うことをルカシェンコ氏は要求している。
 そもそもルカシェンコ氏が「難民」言っている人たちは難民ではなく、ルカシェンコ氏が策略のために騙して中東から連れてきた経済移民だ。その点で2015年とは状況がまったく違うため、2015年と同等の扱いをすること自体間違っている。移民を人間の盾として利用し、EUと移民を騙すことで私益を得ようとしたルカシェンコ氏に対し、EUは更なる制裁を課すなり、彼の行動を避難する何らかの対応を取るべきだった。だが、そうはならなかった。
 国境移民の滞留が長引くことで行動が過激化し、それをベラルーシの国境警備隊が支援するなか、メルケル首相は11月15日にポーランドには何の断りも無く独断でルカシェンコ氏に電話をし、その数日後には2度目の電話会談をしている。それだけではない。ルカシェンコ氏と話す前にメルケル首相は2度プーチン大統領とも会談をしているのだ。いずれもポーランドは何も知らされていない。ルカシェンコ氏との会談では、お互いに状況をエスカレートさせることを望んでいないことを確認。会談後、ルカシェンコ氏の報道官は、国境付近の移民2000人を人道回廊としてドイツに送ることになったと発表した。これはEU内でも当然ポーランドでも波紋を呼び、最終的にドイツ政府の報道官はそれを否定した。だが、メルケル首相は11月18日に国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に対し「難民」の人道支援と母国への送還を支援する意向を示している。最終的にメルケル首相は国境移民の人道支援として70万ユーロをベラルーシに支払うことを約束した。
 このメルケル首相の単独行動がポーランドやEU内で波紋を呼ぶのは無理もない。ポーランドとEU共通の国境で起きたことでありながらドイツが独断で行動したことだけが問題なのではない。これまでEUをはじめ西側諸国では不正選挙を行なったルカシェンコ氏を大統領として認めない姿勢をとってきた。今回のルカシェンコ氏との話し合いについて、メルケル首相は一度も「ルカシェンコ大統領」と呼ぶことはしなかった。だが、それでも2度にわたる電話会談により国の代表、つまり大統領と認めたという事実をつくってしまった。さらに、人道支援金をベラルーシに支払うことで、ルカシェンコのの目論見通りとなった。
 12月初旬にEUは今回の国境移民問題についてベラルーシに更なる制裁を課す予定でいる。ルカシェンコ氏との直接会談は、制裁を課した後にするべきだった。制裁を課す前に話し合いを持ちかけたことで、ドイツを含むEU側の立場を弱めることになってしまった。また、ドイツが独断で動いたことで、ポーランドはEUからもベラルーシからも疎外され軽視されていることを、あからさまに示す結果になった。
 メルケル首相が独断で行動を起こすのは今回が初めてではない。EUの中でも最大の影響力を持つドイツの決定には従わざるを得ない状況がEU内にあることは周知の事実だ。メルケル首相は、その状況を知りつつ常に自分のやりたいようにやってきたと言う専門家も多い。2015年の難民受け入れについても、ノルドストリーム2建設についてもそうだった。だが、このような単独行動がEU内の分裂を悪化させているのは明らかだ。メルケル首相は任期まであとわずかなので、人道支援をすることで自身の花道を作りたかったのかもしれないが、逆効果だったと言える。
ルカシェンコ氏の目的は達成されたのか
 今回の「難民」問題については、ロシアが命令してやらせたというより、ルカシェンコ氏の決断をロシアが後押ししたという方が正しいだろう。現在、ベラルーシは軍事的にも経済的にもロシアに完全に依存した状態である。そのため、ルカシェンコ氏の策略が成功し、EUからの制裁が軽減されたなら、ベラルーシを経済的に援助しているロシアにとっても有利だ。さらにEUやポーランドの弱体化はロシアも望むところなので、ルカシェンコ氏の行動を支持したのだろう。
 国境で不穏な状況が続いていた間は、ルカシェンコ氏に国際的な批判が集まり、彼の目的はまったく達成されていなかった。だが、メルケル首相が動いたことで状況は一変した。大統領という名称ではなくとも国を主導する重要人物としての地位を認められ、さらに「難民」の支援をEUから得られたことで、ルカシェンコ氏にとって最低限の目的は達成されたと言える。さらに、今後も同様に圧力をかけ続ければ、EUは譲歩してくるかもしれないという可能性も見えた。それと共に、この事態が長引けば、EU内での分裂が悪化するなど、付け込む糸口が増える希望も見えたかもしれない。
 ルカシェンコ氏は今週初めに「今後状況がエスカレートしたなら、戦争は避けられない」と強気の発言に出た。これはただの脅しに過ぎないのかもしれない。そうであることを願う。だが、ルカシェンコ氏の行動は予測不可能な部分も多い。そう考えると、いまだ予断を許さない状況が続いていると言える。
ポーランドの立場
 メルケル首相とルカシェンコ氏の直接会談はポーランドにとってはマイナスでしかなかった。それまではドイツの外相からも国境警備隊に対する謝辞を述べられ、フランスや他のEU加盟国からも支持されていた。だが、ベラルーシと国境を分け合う当事国でEUの国境を防衛している国でありながら、メルケル首相にもルカシェンコ氏、プーチン大統領にも疎外されたことで、国際的な立場が弱くなったことは間違いない。また、11月23日には欧州議会でベラルーシの国境移民問題について話し合われたが、そこでモラヴィエツキ首相が発言を申し出たにもかかわらず、サッソリ議長の一存で却下された。そこでもポーランドの立場の弱さを見せることになった。
 これまで多くの問題においてEUとポーランドが対立してきたことが、このような結果を招いたとも言える。また、欧州議会で常にポーランドの現政権を批判するポーランドの野党議員の影響も大きい。今回の国境移民問題においても「人道的扱い」を理由にKO(市民連合)や左派議員議員が国境警備隊を非難し、非常事態宣言が発令されるまでは国境警備の妨害をする場面も見られた。このような国内での分裂が対外的なポーランドの弱体化を招くことは多い。ポーランドは国を弱体化させる深刻な問題を国内に抱えていると言える。
移民・難民問題
 ポーランドを含むEU加盟国では、少子化による労働力不足は今後より深刻化していくだろう。そうなると労働力を得るための移民受け入れは必要不可欠となってくる。また、今回のように「移民の人道的扱い」を口実に女性や子どもの移民や難民が苦しむ映像を映し出すことで、人々の同情を買い、移民や難民を政治利用するケースも増えてくるに違いない。人権や人道的支援は必要だが、同情や感情で政治が動くと移民・難民を政治利用する連鎖を生み、更なる悲劇を招くことにもなりかねない。冷静で慎重な判断と責任ある行動が報道をするメディアや対応する各国の政治家に求められる時代になった。今後同様の問題が起きた時のために、国際的な法的規定、人道支援組織の拡充を早急に準備する必要性を改めて感じる。


写真はBankier.plより

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