見出し画像

2023年ポーランド総選挙の総括

 2023年10月15日に行われたポーランド総選挙ではこれまで8年間政権をとり続けてきたPiS(法と正義)が得票数では最多となりながらも連立を組めず、過半数を取ることができないため政権運営がほぼ不可能という結果になった。他方で最大野党のKO(市民連合:市民プラットフォームを中心とする連合)はPSL(農民党)とポーランド2050から成る第3の道、それに新左派とともに連立を組むことで政権奪還に成功する見通しとなった。

 選挙の数週間前までは、単独過半数の可能性は薄いながらも今回もまたPiSが政権を取るだろうと予測されていたのが、最終的にこの結果になったのはなぜなのか。また、これによりポーランドはどのように変わっていくのかをまとめてみた。

選挙前

 今回の選挙で興味深いのは、投票日の2、3週間前までは選挙結果と全く違う予測がされていたことだ。当時は同盟が支持率を伸ばし、第3の道は低迷しており、同盟は2桁の得票率は硬く、野党第2党になるだろうと言われていた。

 一方、第3の道は、そもそも単独では議席獲得に必要な得票率5%の壁を越えられないと見たPSLとポーランド2050が、選挙戦を乗り切るために結成した連立だ。だが、双方とも1つの党になることは望んでおらず、あくまでも連立という形を維持することにしたため、連立で必要な得票率8%の壁を越えられるかが懸念されていた。専門家の間では第3の党として選挙戦を戦うことにしたのは間違いで、PSLはポーランド2050との連立を解消し、KOと組む可能性もあるのではないかと一時は言われていた。そのくらい危うい状況にあったのだ。

 他方、2大政党のPiSとKOは他の政党と連立を組む考えはないという姿勢を顕にしていた。PiSは投票日までその姿勢を崩さなかったが、KOは10月1日に行った100万人パレードのあたりから他の野党に対してこれまでより柔軟な対応をするようになっていた。そこが今回の選挙の勝敗の大きな分かれ目だったとも言える。

選挙結果

 選挙結果は以下の通りだ。

 PiS(法と正義):得票率 35.38% 獲得議席数 194 獲得議席率 42.17%

 KO(市民連立):得票率 30.7% 獲得議席数 157 獲得議席率 34.13%

 第3の道:得票率 14.40% 獲得議席数 65 獲得議席率 14.13%

 新左派:得票率 8.61% 獲得議席数 26 獲得議席率 5.65%

 同盟:得票率 7.16% 獲得議席数 18 獲得議席率 3.19%

皆が勝利した選挙

 選挙結果が出ると、どの党も勝利を宣言した。PiSは得票率でトップになったことでの勝利。KOは連立を組むことで政権を獲得できるので勝利。第3の道は得票率が3番目になり、予測をはるかに上回る票を得ることができたことでの勝利。新左派は連立により政権の一部を担えることでの勝利。同盟は得票率では予想を下回ったものの、議席数をこれまでよりも増やせたことでの勝利。

 表面的には皆が勝利したものの実情は複雑だった。PiSは得票率ではトップだが、実質政権を維持するのは不可能な状況で、2019年の選挙では235あった議席数を41議席も減らす結果となった。KOは得票率ではPiSに届かず、他政党それも複数の政党と連立を組むことを余儀なくされた。新左派は前回の選挙より議席数が大幅に減ることになった。同盟は前述の通り、野党第2党になるのではないかと期待されながらも結果は議席数で最下位となった。

 あらゆる意味で勝利したのは第3の道だったと言えるだろう。第3の道は今回の選挙結果を左右する鍵となるだろうと言われていた。第3の道が議席獲得に必要な8%の壁を越えられなかった場合、議席数のカウントから除外され、得票率に沿って残りの党が議席数を分け合うことになる。そうなるとPiSが単独で過半数を取ることもあり得ると言われていた。

 だが、結果は第3の道が14.4%という高い得票率となったため、KOは第3の道と新左派と連立を組むことでPiSから政権を奪還できる可能性が高くなり、第3の道はKOをはじめとする野党が掲げていた「打倒PiS」に大きく貢献することになった。

PiSはなせ敗北したのか

 2015年に政権をとって以来、支持率では常にトップを維持し続けてきたPiSはなぜ政権維持という意味で敗北したのか。PiS政権での国民の物質的そして安全面での満足度は非常に高かった。治安の良さはヨーロッパのなかでも評価が高い。失業率も低く、平均的な国民の生活レベルも上がったことも確かだ。それにもかかわらず、今回の選挙では2019年の選挙と比較して約50万人の有権者がPiSから離れるという結果となった。

 その理由はいろいろあるが、まずは、ドナルド・トゥスク批判への執着に嫌気がさしたというのがあるだろう。選挙前の各党の討論会でもそうだったように、モラヴィエツキ首相は選挙戦の間、常にトゥスク批判に徹していた。また、国民の大多数が不法移民の入国には反対しているとは言え、移民問題を執拗に強調しすぎたのもマイナスに働いた。これまでPiSは農村部での支持者が多かったが、ウクライナからの穀物輸入問題についての対応が遅れたことも多くの農民がPiSへの不信感を抱く要因となった。

 PiSにとって政権2期目は至難の連続だった。世界的なパンデミックで経済が停滞し、それに追い討ちをかけるように起きたウクライナ戦争。そのような厳しい状況にありながらも、ポーランドの経済は他国と比較しても一定レベルを維持することはできた。だが、それとは裏腹に人々の記憶に残ったのはコロナ禍で政府が定めた厳しい制限と、そのような制限をかけられながらもコロナによる死者数でポーランドは上位となったことだった。コロナ懐疑派、ワクチン懐疑派だけでなく、業務を制限された人々にとってこの政府の対応は失敗として記憶に刻まれた。

 上記の細かいマイナス要因だけでなく、PiS政権の政治全体を通して言えるのは、熱心なPiS支持者を維持し、固めることにばかり意識が集中し、反対勢力や支持政党を持たない人々の支持を得るためにどうすべきかという対策をまったく行ってこなかった。このような動きは2017年ごろから顕著に見られるようになった。自ずとPiS支持者の多い高齢者や農村部が優遇される政治となり、PiSが政権を取った2015年には多かった都市部や若者の支持者はこの8年間で離れていった。PiSには若くて勢いのある今後党を担っていけるような人材がいないことは、1年半後に控えている大統領選でも難題となってのしかかってくるだろう。

 また、政党の幹部も高齢の議員が多く、保守的で古いイメージが否めない。カチンスキの独裁色もこの8年間で強まり、そこに希望を感じられなくなった有権者も多く、党員の中でもそれを理由にPiSから離党した者も少なくない。

 2019年の選挙戦までは将来に希望を抱かせるような政策を提案できていたが、今回の選挙では明るさよりも他党、他国批判といった後ろ向きな姿勢が強調された。どの党とも連携しないPiSは孤立し、閉塞的に映った。だが、PiS内部(特にカチンスキ党首)は、単独でも政権が取れると信じて疑わなかったのだろう。だからこそこれまでPSLをはじめ多くの政党と連立を組むチャンスがありながらも全てを拒否し、選挙戦では「PiS以外の政党が政権を取ったらポーランドは崩壊する」という発言までしたのだろう。これらすべては、PiSの印象をネガティブなものにした。

 結局PiSは8年前にトゥスクが率いるPO(市民プラットフォーム)が敗北したのとまったく同じ理由(過度のプライド、横柄さ、閉塞感、支持者以外の人への無関心)で敗北した。

第3の道の成功と同盟の低迷

 同盟は今年2月に36歳のスワヴィミル・メンツェンが41歳のクシシュトフ・ボサックとともに共同代表になり、そのスピード感のあるウィットの効いた話し方などから、これまでの同盟の否定的なイメージを覆した。また、ほとんどの政党が直面する多くの政治的課題に対して具体的な政策や発言を避けるなか、同盟は政治的方針を明確にしたことも好印象で、支持者を増やした。

 だが、選挙において同盟はPiSともPOとも絶対に連立を組まないことを明言していた。単独政権しか望まないのであれば、たとえ同盟に投票したところで、政治も社会も変えることはできないという考えが、有権者が最終的に同盟に票を投じなかった理由ではないかと思われる。他政党と連立を組むための条件を明確にした上で、連立の可能性も完全否定していなければ、より肯定的に捉えられ、結果も違っていたかもしれない。

 一方、第3の道はなぜここまで票を伸ばせたのだろうか。それは2007年以来続くカチンスキとトゥスクの戦い、悪化する2極化にうんざりした人たちが「第3の道」という文字通り新たな道に望みを託したからに他ならない。

 実際には、具体的な政策ではPSLはPiSと重なる部分が多く、ポーランド2025は政策面ではKOとの大きな違いがないのだが、多くの人にはPiSとPOの中間的存在と捉えられたのだろう。特に、政治に大きな関心はないが、PiSとKOはもうたくさん、と思っている有権者からの票が第3の道に流れたと思われる。8%の壁を越えられるか危ういと言われていたとき、第3の道がKOと連立を組まなかったのは結果的には正解だった(トゥスクが連立を拒否していたので、その可能性は絶たれていたというのが正しいが)。KOと連立を組んでいたなら、ここまで票を伸ばすことはできなかっただろう。

今後

 ドゥダ大統領は11月6日、モラヴィエツキ首相に組閣の権利を与えた。PiSが連立を組み、過半数をとって組閣をするのは不可能というのは今や周知の事実だ。それにもかかわらずモラヴィエツキ首相に組閣の権利を与えるのは、KO連立政権の発足を単に遅らせるだけだと野党からは批判の声が強い。野党の批判はもっともかもしれないが、実際に今回の大統領の決断がPiSにとってプラスになるかどうかは疑問だ。モラヴィエツキは組閣の権利を与えられながらもそれを実行できないことが、これでさらに明らかになり、PiSの敗北も強調されかねないからだ。さらにドゥダ大統領はPiSが政権を取れないのをわかっていながら、無駄に権利をモラヴィエツキに与えたという評価を受けることになる。

 おそらく最初の国会で内閣不信任案が可決され、トゥスクが新首相に就任し、12月上旬にKOの連立政権が誕生することになるだろう。すでに各閣僚には誰が就任するか、話し合いが行われているようだ。大統領、首相に次ぐ第3の人物とも言われる重要ポスト、下院議長に誰がなるかについても注目されている。ドゥダ大統領はPSLのサヴィツキを推薦したが、KO連立内では議長はローテーション制にすることで話がまとまりつつあるようだ。

 新政権となるであろうKO連立は市民連立、第3の道、新左派の連立だが、市民連立は市民プラットフォーム(PO)、モダン(Nowoczesna)、ポーランド主導(Inicjatywa Polska)、緑(Zieloni)の連立、第3の道は、農民党(PSL)とポーランド2050との連立、新左派は元々は民主左派連合(SLD)と春(Wiosna)が一緒になり結成された。つまり8つの党から成っている。各党の合意で連立が成立したとはいえ、個々の問題に対する考えは各党で違いがあるのは当然で、それをまとめていくのは至難のわざだ。2007年にトゥスクが政権を取った時のように、PO主体で推し進めるというわけにはいかないだろう。議長のローテーション案もその難しさの表れかもしれない。

 政策面でもっともKO連立政権への期待が集まっているのは、EUからの国家再建計画の支援金を早急に獲得できるかだ。トゥスクは選挙戦でKOが政権を取れば支援金をすぐにでも受け取れる言っていただけに、その期待は大きい。トゥスク自身もその責任を十分感じているのか、政権奪還がほぼ確実になるとすぐにブリュッセルに出向き、フォンデアライエンと会談をした。だが、支援金をポーランドが得られるという確証は得られていない。

 EUにとってPiS政権は目の上のたんこぶで、ポーランドの政権がKOに交代することを強く望んでいたことは間違いない。支援金の支給に厳しい条件をつけ、先延ばしにしていたのも選挙を見据えてPiSに不利な状況を作り、間接的にKOを応援するためだというのは、ポーランドの政治評論家の間でも公然たる事実のように言われてきた。

 では、KO連立政権が発足すれば、支援金はすぐに得られ、EUとの関係も改善するのだろうか。PiS政権よりも得られやすくなるのは確かだろう。だが、EUが要求したマイルストーンと呼ばれる100以上に及ぶ条件と48の改革を、トゥスクが政権を取ったからといってすべて帳消しにするわけにはいかないだろう。改革のなかにはKO連立の党の間でも意見が分かれるものも多々あり、国民の同意を得られそうにないものもある。それらをどう解決していくかが、新政権の大きな課題となるだろう。

 EU内での移民の分配受け入れ制度についても反対意見が世論では優勢で、それを無視して推し進めるのは難しい。他にも同性婚を認めるかといったLGBTの問題、妊娠中絶の合法化、ポーランド中央空港の建設、ポーランド通貨の維持など、EUの潮流に反して、ポーランド社会全体が受け入れがたい問題は山積している。

 K Oは今回の選挙でEUから後ろ盾を得た分、EUからの期待に応えなくてはならないが、他方でポーランド社会が求めているものはそれに反しているという現状を無視したなら、来年の地方選挙そして1年半後の大統領選にたちまち影響しかねない。それに加え、選挙中にトゥスクが掲げた100の公約は、PiSに対抗するためにPiSの公約に上乗せした形のものが多く、最初から実現はむずかしだろうと専門家の間でも言われていた。政権奪還を果たしながらも公約が守れない場合、国民からの反感だけでなく、PiSもこれ見よがしに批判するに違いない。

 政権をとって3、4ヶ月の結果でその政権の良し悪しが評価されると言われるが、来年4月ごろ、つまり地方選挙の頃に新政権が国民にどう評価されるかにより、今後のポーランドの政治の方向性が示されるだろう。だが、決定的な転換点となるのは2025年春に行われる大統領選だろう。

 現職のドゥダ大統領が再度立候補することは法律上できない。KOからの候補者はおそらく前回の大統領選で僅差でドゥダに敗れたチャスコフスキとなるだろう。前回の大統領選に立候補したポーランド2050のホウォヴニアも立候補するかもしれない。PiSが誰を候補者として立てるか。また、他党から有力な候補者が出てくるかが焦点となる。KOとPiS以外の党から決選投票にまで進む大統領候補が出てきたなら、2006年から続いてきたPOとPiSの戦いから脱却し、ポーランドも新政治が始まる大きな転換点となるかもしれない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?