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松沢病院発! 精神科病院のCOVID-19感染症対策 刊行にあたって

松沢病院発 精神科病院のCOVID-19


COVID-19に対する松沢病院の真摯な取り組み
精神科病院ならではの感染症対策の工夫とは?

本書は、2019年末より世界中を混乱の渦に巻き込み、未だ,猛威を振るっているCOVID-19について、日本国内の精神科病院として、当初から第一線でこの未曾有の感染症に関わってきた、松沢病院の真摯な取り組みを追った。次々に沸き起こるさまざまな問題にどう対処しどう改善していったのか?各セクションごとの執筆者によって解説する。

刊行にあたって、本書の一部をご紹介いたします!

院長(当時) 齋藤正彦先生の言葉です。

本書刊行のきっかけは,2020年5月29日,新興医学出版社の林社長から,松沢病院における新型コロナウイルス感染対策の記録を緊急に出版できないかという提案をいただいたことである.

私は,この提案を渡りに船とお引き受けすることにした.

病院を挙げて新型コロナウイルス対策に奔走していた職員を激励するためにも,自分たちの活動を活字に残すことには大きな意味があると思ったからである.

 5月29日と言えば,「第1波」の感染がおさまり,緊急事態宣言が解除された直後の小康状態であった.しかしこの後,日本はさらに大きな「第2波」の感染拡大に見舞われ,院内で定めた原稿の締め切り9月末までの間,松沢病院も,その波の中で揺れることになった.さらに,原稿がまとまり,最後の仕上げをしようとしている2020年12月下旬,感染はさらに拡大し,私たちは先の見えない「第3波」の中で翻弄されている.

 この原稿を書いている12月21日,感染症病棟には17人の陽性患者が入院しており,さらに,入院依頼の電話が引きも切らない.年末,年始の入院受け入れ,看護負担の増加に対応するため,別の病棟を閉鎖して,2病棟分の職員を感染症病棟に配置する準備に追われている.

 私がかつて院長をしていた民間精神科病院に比較して,都立松沢病院は,病床当たり医師数では2.5倍,看護師数は1.3倍,コメディカル1.4倍,事務職員2倍,病棟作業等は3倍という人員を持っている.特に,民間精神科病院と異なり,松沢病院の看護職員は全員が正看護師だから,彼我の看護力の差はこの数字をはるかに上回る.だから,私たちはこれまで民間精神科病院の面倒は全部引き受けようというコンセンサスで仕事をしてきた.

 しかし,この松沢病院でさえ,所詮は精神科特例の病院である.

 病床あたり医師数は他の都立一般病院の3分の1以下,看護師数は2分の1強に過ぎない.今回,松沢病院の感染症病棟に入院してきている患者は,精神疾患に加えて肺炎という身体疾患を持つ患者である.いったん,総合病院の感染症病棟に入院しながら,精神症状による処遇困難で,松沢病院に送られてきた患者も何人かいる.

 感染症病棟の最繁忙期には2病棟分の看護師を配置した(現在もこの状況に近づきつつある)が,これで初めて松沢病院の感染症病棟は一般総合病院の通常時の看護配置と同じになる.医師については当初から内科医の半数以上を新型コロナ感染対応に振り向けてきた.金曜日の夕方,土曜,日曜の入院が予定されているときは,内科医が休日出勤をして受け入れに当たる日々が続いている.

 この書物に記された松沢病院職員の献身は,院長として私の大きな誇りである.しかしながら,一方,精神疾患を持つというだけで,感染症に対する医療にかくも大きな格差が生じるということには強い憤りをおぼえる.

 感染の波をあえて「 」で囲ったのは,私には,本当に第1波がおさまって第2波,さらに新しい第3波が来たとは思えないからである.政治,行政による早すぎる緊急事態宣言解除やGO TOキャンペーン開始が,せっかく下火になりかけた感染の火に再び油を注いで勢いをつけたのであって,実際は,1波も2波もなく,2月の最初の感染確認以降,一度も収まることなく右肩上がりに拡大を続けているのではないかと私は思う.

 今回の経験によって,日本の行政機構,医療システムの欠陥が図らずも明らかになった.感染を制圧したとき,そうした問題をなかったことにして,旧に復することがあれば,日本社会に未来はない.せっかくの経験を奇貨として,ここから学ぶべきことをしっかりと学ばなければならない.

2020年12月
                       都立松沢病院 院長 齋藤正彦

続いて、精神科・副院長 針間博彦先生の言葉です。


本書は,2020年に始まった新型コロナウイルス感染症の流行に対して,公立の精神科病院である東京都立松沢病院(以下,当院)が行ってきた対応を記録し,要点を提示したものである.

 精神科病院である当院が感染症対策についての本書を発表することには,次の二つの大きな理由がある.第一の理由は治療に関すること,すなわち精神科疾患を有する新型コロナウイルス感染症患者の入院治療の実際と課題について示すことである.

 一般に,内科病院や総合病院では,重度ないし急性期の精神症状には対応が困難ないし不可能である一方,精神科病院では,重度の身体症状の治療や適切な感染予防は困難ないし不可能である.

 当院は,こうした理由から他の医療機関では受け入れ困難な同感染症患者の入院を受け入れるべく,感染症流行の最初期より準備を始め,新たな体制を作り,患者の受け入れと入院治療を積極的に行い,感染状況の変化と新たな情報に応じた対応方法の再検討と改善を続けてきた.

 第二の理由は予防に関すること,すなわち精神科病院における感染予防策について論じることである.一般に,精神科病院は入院患者数に対する医療人員数の乏しさ,入院病棟における閉鎖的な生活環境,職員と患者両者における感染予防策の不十分さなどから,ともすれば感染症に対して脆弱である.当院は新型コロナウイルス感染症患者の入院受け入れを積極的に行うと同時に,精神科病院としての機能が継続され,患者に必要な治療と支援が滞ることがないよう,院内の感染予防策を徹底して行い,流行の程度に応じた対策の改訂を続けてきた.

 その根底には,感染症対策が病院の機能を強化し,医療の質を向上するという確固たる理念がある.今回の感染症流行は,精神科病院としての当院の体制のあり方と機能の仕方を一から見直し,より強靭な病院へと変貌する機会でもあった.

 本書には,2020年8月末までの当院の取り組みが記録されている.その内容は,まず総論として院全体の対応の経緯と方針が述べられ,ついで各論として,職員研修,内科コロナチーム・精神科コロナチームの活動,感染症病棟での診療,合併症病棟・精神科救急病棟・認知症病棟での疑い症例への対応,ソーシャルワーク,職員の健康管理,情報管理,他の精神科病院でのクラスターへの対応,医療・行政システムの課題が論じられる.最後に,精神科病院の感染症対策一般について論じられる.各章の執筆は,身体科医師,精神科医師,看護師,精神保健福祉士など多職種によって分担されている.

 本稿を記している12月現在,新型コロナウイルス感染症は収束するどころか拡大の一途をたどっている.私たちは本書の出版を通じてこれまでの取り組みを振り返り,さらなる対応と改革を続けたいと思う.本書を通じて当院の取り組みを発信することが,他の医療機関に役立ち,ひいては精神科医療のあり方に一石を投じることを願っている.

そして最後に、内科・副院長 杉井章二の言葉を紹介します。

 さて、この原稿を書いている最中も,新型コロナウイルス感染症の終息はその兆しすら見えていない.そして院内感染対策もエビデンスの蓄積から多少の変化があるが,以前と同じような病院機能の回復に踏み切れるほどの材料は乏しい.

「新常態」へと言われて数か月が経過するが我々の中にはまだ終息への期待があるのかもしれないがその期待は少しずつしぼんできているのではないか.仮に「終息」といわれる場面が訪れるとしても,それは我々が想像している終息とは異なるのではないか.

 すなわち新型コロナウイルス感染症は,もう「新型」とは呼べないほど当たり前に存在し,患者に熱があれば院内感染対策上真っ先に鑑別しなければならない疾患としてどこの施設・病院においても対策を迫られることになる.

 MRSAや耐性病原体,インフルエンザなど院内感染はこれまでもあって,その対策の不備がくすぶっていたのを思い出す.そのたびに対策を強化した施設もあるし,一方で当院を含めて全国の多くの医療施設の,なんとなく回避をしてきたところでは「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ということを繰り返してきたのではないか.

 もちろん背景には制度的なことや社会的なこと,経営的なことなどやむを得ないとされてきたことがあるのであろう.しかし今回のコロナ禍はそこをついてきたという気がしてならない.

 さて、遅まきながらそれに気が付いた当院は今後対策を具体的にどうしたらよいのか.正解が用意されていないのであるから,感染対策のこれまでの知見をかき集めて,積み重ねられてきているエビデンスや指針を活用しながら施設にあった正解を見いだしていかなければならない.

 当院の院内感染対策は病院内のスタッフの協力なくしてはなしえなかった.本書はその記録でもある.当院で皆が考え悩み意思決定がなされ実施され,それを評価するという循環を繰り返しながら更新をいまだに続けている.また本書にある取り組み・活動は他施設からの情報の提供によるものも多く大変感謝している.我々も少しでも有益な情報を発信できるようにと,本書の著者らは思いを込めて執筆した.最後に院内感染対策のキーワードを4つ挙げておきたい.

 ①標準予防策・経路別予防策の徹底
 ②院内感染対策の教育
 ③ゾーニング
 ④情報取得・周知

 本書が院内感染対策に取り組む皆様の施設において患者とスタッフの安全と安心の答えを見いだす一助になれば幸いである.


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