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ウィズコロナ時代における認知症のある人との対話  大石智

連載第2回 認知症のある人との対話から想うこと


認知症の診断に精神科医は必要?
 認知症を心配して来院した人を外来で診療する時に大切なことは、大きく2つに分けられます。1つめは認知症と類似する症状はあるけれど認知症ではない、治癒する可能性のある疾患を見落とさないことです。もう1つは、認知症だったとしても、認知症のある人と対話し、なぐさめ、ねぎらい、励まし、役割を感じ、安心と張り合いのある暮らしを送ることができるよう支援する姿勢です。
 前者の鑑別診断は、医師でなくては果たせない役割です。もちろん、必ずしも精神科医である必要性はありません。しかしうつ病、統合失調症、てんかん、アルコール依存症など、見分ける必要のある疾患の中には精神科医が得意なものも多くあります。ですから鑑別診断には精神科医が必要とされるところもあるでしょう。それでは後者はどうでしょうか。この認知症のある人との対話に、精神科医は不可欠な存在と言えるでしょうか。

「先生の顔を見るとほっとするよ」と言われて
 認知症のある人に幻覚や妄想と呼ばれる心理面の症状があれば、精神科医の出番かもしれません。しかし認知症のある人の多くは、こうした心理面の症状があるわけではありません。目立った心理面の症状はなくても、認知症のある人と家族は診察室を訪れ、短い時間に過ぎない対話を終えると次回の予約をとり、「先生の顔を見るとほっとするよ」とおっしゃって手を振って診察室を出ていきます。特別な精神療法ではない、とりとめのない世間話やねぎらいの言葉のやりとりに過ぎないので、担当医としては申し訳なさを感じることがあります。ですから「そろそろ、かかりつけ医の先生の診察だけにして、何かあればご紹介いただくようにしましょうか」とお伝えすることがあります。この申し出を承諾する人もいらっしゃいますが、多くの人たちは通院継続を希望されます。通院を継続したいと希望するかどうか、その理由はなんでしょうか。それは認知症と共に暮らすことへの不安だと思います。

認知症への不安がない世界
 以前、ある勉強会に参加した際、「精神科医は認知症に対して無力なのだから、鑑別診断のあとはかかりつけ医に委ねれば良い」「認知症のある人は不安を抱きやすいし、精神科医が外来診療で果たすべき役割はある」という議論を耳にする機会がありました。どちらも間違っているようには思えません。ただ、ひとつ言えるのは、認知症のある人のことについて理解している人が今よりも増え、認知症があっても安心して暮らすことのできる街づくりが達成されたら、認知症のある人の心に不安は訪れなくなるでしょう。その時、精神科医は認知症にまつわる医療の中で仕事を失うことになりそうです。そうした意味では、認知症に関する啓発は、精神科医から仕事を奪い去るくらいの目標を持っても良いのかもしれません。

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著者の大石智先生 プロフィール

1999年 北里大学医学部卒業
2001年 駒木野病院精神科
2003年 北里大学医学部精神科学助教
2019年 北里大学医学部講師、相模原市認知症疾患医療センター長

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