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無機物に味付け程度

熱意がないわけではない

愛情が無いわけでもない

ただ、感情がフラット。


精神の浮き沈みが少なく、基本的に何事に対しても

『なんでもいい』

と思っている人間だ。

誰が何を着ていようが、

どんな人生を送っていようが

私には関係ない。

放っておいて欲しいから、
他人も放っておくのだ。


しかし、この性格で生きていくのはむずかしい。


世間にはありのままを大切にしよう!みたいな風潮があるけど

ありのままを曝け出すのが必ずしも自分にとって良いことではなかった。


私が私のままいれば、

空っぽ、つまらない。

ドライ、そっけない。

そんな印象になるようだから。


印象を変えたくて、人に好かれたくて

味付けをし始めた。


みんなが笑っている、これは”楽しい”だ。

→楽しい表情をしてみよう

みんな悲しそうな顔をしている、これは"悲しい"だ。

→悲しい表情をしてみよう



自分の心から出た感情というより、

空間把握で感情を自分に味付けする。

という感覚だ。ちょっと時差がある。



「演技みたいだな」

そう言われても特に構わないが、

それなら、演技している私が本当の私だ。

笑いたいから心が空っぽでも笑っているし、

好意を伝えたいから空っぽでも笑っている。


空っぽなことは悪いことではない。

あらゆる社会の刺激から身を守るために

形成されたものだから。


でもどこか、いつも温度感が場違いであることが

あなたと違うことが

少しだけ。辛いだけで。


同じ心の温度でいたいから

私は私を演じている。

人と繋がるために

演じている。


あくまでも、味付け程度で。

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