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人里離れた山村で、未亡人の母は息子の性を受け止める。中山あい子『奥山相姦』レビュー


 作家・中山あい子さんの『奥山相姦』(講談社、1971年)は、赤根川上流の小部落を舞台に、夫を戦争で亡くし、寡婦となった母のすえと、25歳にして痴呆症を患う息子の近親相姦を描く短編小説です。
 
 以下、小説の物語です(途中までですが、ネタバレを含みます)

 太平洋戦争のさなか、ニューギニアで夫が戦死し、寡婦となったすえは以後、夫の母である姑のハツ(78歳)と、夫との間に生まれた若年性の痴呆症を抱えた息子・高夫(25歳)と3人暮らしをしてきました。
 3人が暮らす村は人口56人、戸数12の小さな集落です。すえは農作業だけでなく、20年以上も日雇い労働や出稼ぎに出かけて2人の面倒を見るために働き続けてきました。

 すえの心配事は25歳になった息子のことです。高夫は幼少期の頃から若年性の痴呆症を抱え、物事の分別がつきません。成長していくにつれ、その分別がつかない状態で、性への目覚めを経験し、村の他の子供達の前でふざけるように性器を見せたり、学校帰りの女の子を襲ったりするようになります。

 悪気がないとはいえ、すえは息子が問題を起こさないよう、どこにいても気を配っていなければならず、やがて子育てに疲れ果てるようになります。姑のハツも「こんなアホを生みやがって」とそのことですえに辛く当たります。

 そんな高夫はやがて、抑えのきかなくなった性欲をすえにぶつけてくるようになります。すえはこの高夫の態度を見て、全てを簡単に片付ける方法を思いつきます。

「よしよし母ちゃんと山へ行こうな」

 川沿いの道を高夫と歩き、山の奥へたどり着いたすえは、高夫の前でモンペを脱ぎ、噴きこぼれるような高夫の性欲を自らの体で受け止めてしまうのです。

「いいか、村の姉ちゃんたちに悪さをするんじゃねえぞ、ほれ、母ちゃんがなんでもしてやるから」

 その後もすえは山の中で高夫に自分の体を捧げるようになります。そして、姑のハツが倒れ、寝たきりになると、山へ行くことすらやめ、白昼でも堂々と奥の部屋へ籠って高夫の相手をするようになるのです。

 すえは最初は息子のためを思って抱かれていたのですが、この息子とのセックスに自分も強い快感を覚えるようになっていました。高夫とのセックスのたびに不思議なほど気が静まるようになり、新しい欲望が自分の中から生まれてくるのを感じるのです。

 ハツは寝たきりながら二人の異常な関係に気づき、別室の布団に横になったまま茶碗を箸で叩いて、行為中の二人に嫌悪感を示します。そのハツもやがて亡くなります。すえは高夫との関係を約10年も続け、5度も高夫の子を妊り、産婦人科へ通っては子供を堕ろしていました。
 
 実は二人の情事に村の人たちも気づいています。しかし、二人の関係を村ぐるみで封印し、誰も二人を止めようとはしません。高夫の病気のことや、すえの家の事情を知っていたからです……。

 ポルノ小説ではないので、奥部屋で人目を忍んで交わる二人の性描写が出てくるわけではないのですが、昭和の時代ならではの情の深い母と子の愛し合いになぜか胸を動かされます。土地のこと、村のこと、姑との関係性、夫とのことなど、すえを取り巻く様々な人間関係、環境も詳しく書き込まれていて、短編ながら本作が中山あい子さんの代表作の一つとされている理由がわかる気がしました。

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 余談ですが、障害を抱えた子供と親族の家庭内性愛を描く小説や映画は現状はほとんど世に出回っていません。ですが、何作か有名な作品があり、映画ではスイス映画の『山の焚火』(Höhenfeuer、1985年)がよく知られます。フレディM・ミューラー監督がメガホンを取った同作は、人里離れたアルプスの山村で暮らす姉と弟の禁断の性関係と、それに伴う家族の悲劇が描かれます。この作品の弟は耳が聞こえず、癇癪持っているという設定でした。

 ジェンダーなど、性のマイノリティと呼ばれて来た人々への理解が深まる欧米社会でも、「近親相姦は最後のタブー」と言われ、近親相姦だけは認められないという風潮が今も根強く残っているそうです。さらに片方が障害を持った親族であるとなると、モラルの観点から出版や公開にさらに大きなハードルが立ちはだかるのです。

 日本のアダルトビデオの世界でも障害を持った人の家庭内性愛を描く作品は滅多にありません。FAプロのヘンリー塚本監督がこのジャンルに切り込んでいった一人で、盲目のあん摩師である身寄りのない姉と、同居する弟の性愛を描いた作品や、障害を持った娘と、その面倒を見る父親との性愛を描く作品を発表しています。伊勢鱗太朗監督も2007年に、聴覚に障害を抱えた娘と父の性愛を描く『ある近親愛の父娘』という作品を発表しています。この作品で娘役を演じた芹沢典子さんという女優さんは生まれつき聴覚に障害があり、手話AV女優として注目を集めました。同作品でも手話で演技をされています。

(了)

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