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子孫を残すために息子と…… 手塚治虫『火の鳥 望郷編』レビュー


 小学校低学年の頃、近所の歯医者さんの待合室で、手塚治虫さんの『火の鳥 未来編』を何気に手に取って読みはじめ、そのストーリーに衝撃を受けた記憶があります。

 火の鳥から不老不死の力をもらった主人公が、終末の世界で、孤独感に苛まれ、自分の胸を撃ち抜くシーンが出てくるのです。まだ7歳か8歳くらいの子供だったので、漫画の中で、主人公が自殺を試みるという想像もつかない描写に、本を一度閉じてしまうほど、強いショックを受けました。

 この未来編には、ムーピーという得体の知れない生き物も出てきます。そのムーピーが化けたタマミの妖艶さ、美しさにもドキドキしたのを覚えています。

 手塚治虫さんは僕が小さい頃に亡くなってしまいましたが、その後、中学から高校にかけてなぜか急に目覚めたように手塚治虫さんの漫画を読みあさっていた時期があります。うちの母が手塚治虫さんのファンで、『アドルフに告ぐ』や『ブラックジャック』などの手塚治虫さんの代表作が普通に家に置いてあったことが影響したのかもしれません。

 白と黒で縁取りされたカバーの「手塚治虫全集」が発売されていた時代で、僕も本屋に行って、初期の作品から晩年の作品まで、気になるものを結構な作品、買い込んで読むようになりました。手塚さんもどきの漫画を授業中、ノートに描いていたこともあります。

 そんな手塚治虫さんの漫画には、性描写はもちろん、近親相姦や、(BLとはまた違った)露骨な同性愛描写などが、普通に登場します。『奇子』や『MW』といった作品がそうですが、他にも性に奔放な女性をヒロインとした『バルボラ』なども中学生が読む内容としては結構、衝撃的な内容でした。

 近親相姦で言えば、『火の鳥 望郷編』の中にもさらっとそんな展開が出てきます。
 そこに焦点を当てるとか、奇を衒ったような描写というよりは、物語の設定上、自然な流れでそのような展開が始まっていきます。物語を読み進むうちにはたと「これって近親相姦だよな」と考えさせられてしまうのです。

 望郷編のストーリーですが、前半はすごくシンプルです。前半だけ紹介します。

 地球外の惑星を売買する、宇宙不動産ブームが巻き起こる地球。そこで暮らしていたロミと間丈二は、地球での暮らしに嫌気がさし、不動産屋のすすめる「惑星エデン17」を購入して移住することを決心します。

 2人は当初、惑星での幸せな暮らしを想像していたのですが、移住してみると、人が住むにはあまりにも過酷な環境が待ち受けていることに驚かされます。2人は悪徳不動産屋にまんまと一杯食わされてしまったのです。
 
 やがて丈二は、頻発するその星の地震で不慮の死を遂げ、ロミは丈二の子供をお腹に宿したまま、帰る術も失い、惑星で1人で生きていくことになります。ロミは丈二の子供・カインを出産し、その後、「惑星エデン17」でなんとか一族を繁栄させていこうと、近親婚で子孫を増やすことを思いつきます……。

 余談ですが、『火の鳥 望郷編』は『火の鳥 エデンの花』と名前を変えて昨年、アニメ化もされましたが、なぜか、この母子の近親相姦の設定がすっかりと変更されていました。

 仮に子供も見る商業路線の映画として、近親相姦の設定がモラルの面でダメだとなったとしても、そこはぼやかしつつも、きちんと描き切るべきだったのではと思います。そもそもこの『望郷編』は旧約聖書をモチーフにして描かれているのです。

 これがダメなら、「古事記」のイザナギとイザナミや古代中国神話に登場する伏羲(ふくぎ)と女媧(じょか)の伝承なども、商業路線の映画では描けない世界になるのだろうかと、ちょっと複雑な気持ちにさせられました。

 時代やモラルの変化によって隠すべき傷口もあると思うのですが、生命の存続を大きなテーマとしたこの作品の中では"近親相姦”は見せるべき傷口だったと思います。

(了)

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