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官能小説「母の柔肌〜大和路編〜」後編


(9)

 翌日、昼の新幹線に乗り、東京に戻った。
 風邪が残っていたが、母の薬が思った以上に効き、一晩自宅で眠って朝を迎えると、体がすっかり楽になっていた。

 会社に行くと、専務に呼び出された。近くにある小さな喫茶店に連れて行かれ、突然昇給を告げられる。

「来月から営業手当とは別に主任手当として2万円つける。今後もしっかりな」

 営業部は人の移りが激しく、僕は入社して2年も経たないうちに古参になっていた。主任の肩書きがつき、「頼りにしている」と専務に言われると、悪い気持ちはしなかった。隣には課長もいて、同じように僕の昇給を喜んでくれた。会社への鬱憤が少し晴れた気がした。

 だが、同時に母の顔も浮かんだ。
 そうはいっても年内に僕は関西に帰ることを決めていたのだ。

 昇級をする前に今後のことをきちんと話しておかないといけない……。

 切り出すタイミングを伺ったが、上機嫌な専務の顔を見ていると、とてもそんな話をする気になれなかった。喫茶店を出ると、事務所に戻り、煙草を吸いに行こうと立ち上がった課長を捕まえて、恐る恐る、退職して帰郷したい旨を伝えた。

「母がもういい歳なんです。実家から通える場所で新しい仕事を探したいと思っているんです」
「なぜさっき言わなかった……」
「言い出せる雰囲気じゃなかったので……」
「ちょっと考えるよ……。すぐにそうしたい話ではないんだろ」
「できれば急ぎでそうしようと考えているんです。年内には向こうに戻りたいんです」
「わかった……」

 僕の肩を叩き、何度も頷きながら、課長は事務所の外に出て言った。
 少し困惑しているのが後ろ姿を見てわかった。

 家に帰ると、ネットを立ち上げて、関西の求人を調べた。
 募集はそれなりにあったが、色々調べ始めると、どれも自分には向いていないような気がして、すぐに探す気持ちが失せてしまった。
 大学の時も就職を探す中、同じような気持ちになった。探せばいくらでも仕事は出てくるが、あれこれと見ていくうちに、自分にできることが本当に限られていることに気付くのだ。

 それでも二、三、めぼしいものを見つけ、メモを取った。エントリーはネットからでもできたが、直接連絡を取ってみようと、翌日、営業の合間に電話を入れ、相手の担当者と話をした。

「今どちらに住んでいるんですか」
「東京です。品川区です。でも、仕事が決まったらすぐ関西に戻ろうと思っています」
「関西にもお住まいがあるんですか」
「奈良の実家から通えます。富雄です」

 待遇を聞くと、どの会社も今の給料よりずっと安い手取りで働かなければならない仕事ばかりだった。

(アルバイトやないんやから……)

 一週間ほど、ネットを漁っては募集先に電話を入れていたが、すぐに嫌になってやめてしまった。
 ベッドに横になると、スマホを覗き込んでため息をつく。

 この一週間、母からも何度かメールが入っていた。たわいもない内容だったが、実家で母と過ごした数日を思い出すと、無性に会いたくなってしまう。

(早く母さんと一緒に暮らしたい……)

 職はそう簡単に見つからなかった。瞬く間に二週間が過ぎる。
 ネットの情報は偏っているのではと、転職サイトにもいくつか登録してみたが、僕が思うような求人には巡り会えなかった。

 諦めにも似た気持ちが湧いてきた頃、思いもかけない提案が会社から寄せられた。

「ちょっと向かいの喫茶店に来い。今、手、空いてるだろ」

 外出の予定がなく、狭い事務所で事務作業をしていると、課長から電話がかかってきた。
 事務所を出ると、店には前回と同じように専務もいた。

「ほら、座れ。話がある」

 課長は営業先から帰ってきたばかりで、ひどく汗を掻き、上着を脱いでアイスコーヒーを飲んでいた。
 専務を交えて軽く世間話をした後、僕の前に大きな封筒を置き、紙資料を広げる。
 
「関西に帰りたいって言ってたろ。実はな、会社が今度、関西で一つ、二つ、長期の仕事を受注して、向こうで新たに営業所を作ろうという話になってるんだ」
「営業所ですか?」
「うん。大阪の吹田ってところだ。わかるか」
「はい……」
「緑地公園という場所の近くで今、物件を探してる。向こうで何人か人も採用するが、こっちからも一人、二人、出向してくれる人材を探しるんだ。お前、ちょうどいいんじゃないかなと思ってな。会社を辞めて新しい仕事を探したりしなくてもすむぞ。待遇もこないだの条件のままで大丈夫だ」

 会社は兵庫県の介護保険課から地域向けフリーペーパーの仕事を受注していた。

「病院や介護の事業者の電話帳だ。事業者番号や電話番号を乗せたリストを毎年作成して、介護保険や医療保険の窓口で配るんだ。申請者だけじゃなく、ソーシャルワーカーとか、介護事業所のケアマネジャーが仕事で使えるようなちゃんとした冊子にしたいらしい。広告をつけても構わないって。自治体も今色々やってるんだよ」
「僕は向こうで何をすればいいんですか」
「営業だよ。そんなに厳しい営業じゃない。今まで通り、雑誌の広告を集める感じで、地元の介護事業所や病院を回って欲しい。役所の作る冊子だから、向こうの互助会や医師会から協賛先を紹介してもらえる。広告に苦労はしないってさ」

 専務からはマンションの借り上げについても提案もされた。

「君、家が奈良だろ。関西のことはわからないから、奈良から大阪までどれくらいかかるか知らないけど、通うのが大変そうなら、出向する社員向けに近くでマンションを借り上げてもいいことになってる。今、独身だろ。兵庫に直行直帰の時は通いが楽だぞ」

 すぐに返事はしなかったが、悪い話ではないと思った。

 家に帰ると、母にすぐ電話を入れた。母も賛成してくれた。

「いつからそうするん」
「わからへん。俺だけ先乗りで年内に配属されるかもしれんって。ちゃんと仕事が動き出すんは来年の頭頃や」

 借り上げの件にも母は前向きだった。
 
「何かあったらすぐ帰ってこれるやん。そっちの方がええわ」
「俺は実家からの方がええなと思ってるんやけどな」
「緑地公園やろ。一時間くらいで着くけど、乗り換えとか毎日大変やで。朝は電車も混むし。会社の人がええいうんやからそうしてもらったら。うちから行きたい時はそうすればええんやし」

 この話の流れで母は突然伯父の話を始めた。

「あのな、健二。あんたにこんな話したら怒られるかもしれんけど、ちょっと前に母さん、おっちゃんからプロポーズされたわ……」

 プロポーズの話題を出されて僕はドキッとする。

「前にも何回か、結婚しよう言うてくれはったけど、母さん、ずっと断っててん……。あんたがおるしな。でもおっちゃん、こないだまた、母さんに結婚したい言うてきてな」
「野球の時、おっちゃん、そんな話してたわ」
「あんたどう思うん」
「どう思うって……。母さん、俺と暮らすんやろ。俺、そのために会社に関西に帰るって言ったんやで。そんな話断り」

 少し声を荒げると、母はすぐ黙り込んでしまった。

「俺が帰ってから、またおっちゃんと変なことしとったんやろ」
「してへん……」
「なんとなくわかるわ……。おっちゃん、泊まったりしてるはずや」
「こないだ泊まって帰らはったけど、母さん、なんもせえへんかったで」
「同じ屋根の下におって何もせんわけがない。おっちゃん、こないだ野球の時、歩いてる女の人見るたびに振り返って舐め回すように体見とったわ。そういう人なんや。おっちゃんのええようにされてるだけやで」

 しばらく伯父の人間性について母と押し問答を繰り広げると、疲れたように、母はこの話題を切った。

「とりあえず帰ってくること決まったんやろ。今はなんも心配せんでええ。帰ってき。それと、あんた、もう少しおっちゃんに寛容になり。ちょっと誤解しすぎや。ああ見えて優しいとこもあるんや」
 
(10)

 翌日出社すると、大阪行きの話がとんとん拍子に進んでいることを知った。

「大阪の営業所は別会社になる。お前ともう一人、編集の人にも出向してもらう。三波さんって人だ。同じように地元が関西らしくてな。お前も面識あるだろ。午後、会議にその人もくるからきちんと挨拶しとけ」
「三波さん……」

 会社は別部所で地域限定の飲食店ガイドをフリーペーパー形式で発行していた。三波さんはそこで編集をする30代の女性だった。会社ですれ違うことはあったが、仕事で絡むことはほとんどなかった。会社の飲み会で一、二度話をしたことがあるくらいだ。

 午後の会議に出席すると、言われた通り、三波さんに挨拶をした。

「三波さん、関西なんですね。知りませんでした。全然言葉に訛りがないから……」

 話をしてみると、三波さんは年が14も違うことがわかった。お互い歳を聞き合う中、今年38になると知った。物腰が柔らかく、話し方が少し母と似ていて、通路で立ち話をすると、その立ち振る舞いや、人懐っこい笑顔に魅せられた。

「出身はどこなんですか」
「三田です……」
「ああ……。ちょうどいいじゃないですか。兵庫の冊子だし」
「昔、奈良にもよく遊びに行っていました。香芝に親戚がいるんです」
 
 家に帰ると、知らない間に伯父からの着信が入っていた。疲れていたので、話をする気にならず、しばらく着信を放置した。伯父はその後も何度か電話をかけて来た。シャワーを浴び、ベッドに横になった頃、ようやく伯父に電話をかけ直す。伯父はすぐ通話に出た。

「健二、すまんな。こんな遅い時間に何回も電話してもうて。会社終わったんか」
「さっき帰って来たばかりです」
「あのな……お母さんから話聞いたやろ」
「はい……」
「おっちゃんな、こないだ母さんと話合うてな。ほら、野球行った時言うたやろ。プロポーズするかもしれんて。母さんに思い切って、また一緒になってくれ言うたんや」
「昨日、聞きました」

 静かな部屋で話をしていたので、伯父の話す背後で時々小さな物音がするのが気になった。

(母がいるのかもしれない……)
 
 自分のいないところでこそこそと話が進んでいると思うと、少し腹ただしい気持ちになった。だが、だからといって自分に何ができるわけでもなかった。決めるのは母だ。

「母さんがな。健二に相談してみるって。健二がええ言うんやったら、前向きに考えてくれるって。でも、お前、嫌や言うたらしいな……」
「はい……」
「お前の気持ちもわかる。でも、前も言うたけど、俺もお母さんももう歳や。年取って、一人で生きていくのは大変なんや。協力し合える相手がそばにおったほうがええ。俺のこと、どうや思うのは構わんけどな、お母さんの幸せ、いっぺん本気で考えてみてくれ。俺もお母さんも結婚するなら最後のチャンスや思てる」

 伯父はたばこを吸いながら話していた。通話の最中、時折、ライターで火をつける音が聞こえる。吸っては消し、僕と話をしているのだ。

「年内にこっちの家を引き払って関西に帰ることになってるんです。母のことなら心配しなくても大丈夫です」
「聞いてるわ。お前がこっち戻ってきてお母さんと一緒に暮らしたいって。でも、お前どうするんや。家におって、この先ずっと母さんと暮らしていくんか。まだ24やぞ。好きな人できたら、結婚したなる時もくるんやぞ。お前が結婚したら、また母さん、一人ぼっちになるんや」
「母の面倒は僕がちゃんと見ます。心配しないでください」

伯父は少し怯んだが、すぐに言葉を絞り出した。

「健二、10年、20年なんてあっという間や。気いついたら、俺もお母さんも一人でろくに動けんような年齢になる。年取ったら体も悪するし、病院に行ったりもせなあかん。仕事もできひんようになって、あとは年金暮らしや。ヘルパーさんにきてもうたりしてな……。お前、母さんがそないなってもそばにおって、面倒見たれるか。母さんのこと寂しがらせんようにできるか」

 おっちゃんは僕が何を言おうと引く気はないようだった。

「そんな先のこと、今言われても……」

 電話を切ると、少し考え込んでしまった。伯父の熱意にも圧倒された。少し危機感を感じ、帰省の日を前倒しして、一度家に戻ることを決めた。
 来週の木曜から二日間、専務や課長と新事業のことで関西に出張することになっていた。出張の後、東京には戻らず、そのまま残って週末は実家に帰ることにした。母にも帰る旨を伝えた。

 数日過ぎると、関西行きの話はさらに進展した。会社に行くと、今の仕事の引き継ぎ作業を始めるよう言われる。

「お前だけ先乗りで、早めに行ってもらうかもしれない。いろいろ向こうでやることがあってな」

 すでに借り上げのマンションも決まっているといい、江坂駅近くの物件の地図を渡される。
 新規の営業はしなくても良いと言われ、外回りの頻度が急に減った。会議やフォロー営業、引き継ぎ作業以外は、することもなくなり、昼間は事務所でぶらぶらと退屈な時間を過ごすことが多くなった。

 昼休み、会社のそばの定食屋に入ると、三波さんとばったり会った。食事は別々に食べたが、帰りの時間が被り、店を出ると会社までの道を二人で歩く。

「三波さんはどうして今回の件、受けようと思ったんですか」
「結婚してこっちで仕事をしてたんですけど、去年離婚したんです。もうこっちで暮らす理由もなくなったので、会社に相談したら、今回の話をされたんです」
「そうだったんですか……」

 外に出た途端、強い日差しに晒され、三波さんは持っていた日傘を開いた。ひたいに噴き出した汗をハンカチで拭う。三波さんは日に焼けた僕とは対照的に真っ白な肌をしていた。

 最初は母と似た雰囲気の三波さんに淡い下心を抱いていた僕だが、アセクシュアルな雰囲気を纏った三波さんと話をするうちに、少しずつ気持ちが萎んでいった。この日も距離を縮めようと、短い時間の中でいろんな話をしたが、何を話しても何か手応えがあるわけではなく、会話がずっと空回りをしているような不思議な感覚に陥った。

 事務所に戻ると、ぼんやりと今後のことを考える。ここ数日、なんとなくストレスが溜まり、気持ちが悶々としていた。
 帰りの列車に乗ると、車窓から見える夜のネオンに誘われた。新橋の駅で降りると、そのまま繁華街の雑踏に足を踏み入れた。
 淫猥な看板を掲げた店を見ると、ひどく心が騒いだ。そのまま店の入口をくぐり、出てきた年上の女性に、悶々とした気持ちを慰めてもらった。

(11)

 翌週、専務や課長と関西へ出張した。西宮のビジネスホテルに一泊し、役所はもちろん、兵庫県内の介護事業者の組合、医師会、商工会議所の関係者を訪れて、名刺交換をした。
 
「医師会はもちろんですが、介護の地域互助会の幹部はだいたいその土地でずっと商売をしてきた人ばかりで、発言力もあるし、敵に回すとうるさいですよ。とにかく相手を立てて仲良くすることです。内輪に入ると仲間意識を持ってくれて、いろいろ融通を利かせてくれるようになります」

 地元の広告代理店の営業マンも一緒に同行し、いろんな情報を教えてくれた。

 最終日に兵庫県内で大きな病院をいくつも経営する医療法人の理事長宅へ挨拶に行くと、そこの奥さんが出てきて、いきなり高級車に乗せられ、近くのホテルのスイートルームに連れて行かれた。

「ごめんね。慌ただしくて。理事長は今日は用事ができて会えないの。私に会っといてくれって。でも、ちょうどライオンズクラブの集まりと重なっててね。向こうで話を聞くわ」

 スイートルームに入ると、パーティ会場のようになっていて、夫人と同じような派手な服装の高齢者が何人か集まってカラオケを歌ったり、雑談をしたりしていた。
  
「役所から先週話を聞いたの。なんか本を作るんでしょ」

 ソファに座って話をしだすと、専務が身を乗り出して夫人と話し始めた。

「病院や介護の事業者の電話帳のようなものです。市役所や地域包括支援センターなんかで配ってもらう無料の冊子です」
「県からお金が出るの?」
「出ません。承認してもらえるだけです。基本は事業者の方の広告で費用を賄うフリーペーパーなんです。市や区ごとに作っていくんです。来年は初年度で神戸市の3区と尼崎、西宮の冊子をそれぞれ作ります」
「それでうちの病院の広告もどうかって話?」
「尼崎界隈ではこちらの病院が一番大きいと聞きまして、やっぱり地域を代表する病院さんに大きなところで名前を乗せてもらいたいなと」

 表紙だけを擦った印刷見本の冊子を手にすると、夫人はパラパラと白紙のページをめくった。

「こことここね」

 裏表紙と、表紙をめくった一枚目のページを手でぱんぱんと弾くと、夫人は冊子を専務に返した。

「表4と表2ですね。あとで見積もりを送ります」
「見積もりなんかいらないわよ。二つ押さえてくれればいいの。他の人に売っちゃダメよ。費用なんかどうでもいいの。うちは駅の看板も一番いいところを押さえてるの。一番目立つところじゃなきゃダメ。今回のはお金は出さないけど、役所が一応絡むんでしょ。いつも役所が作るものには協賛してきたの。悪いこと言わないからうちの顔立てて、目立つところは空けておいて」
 
 一泊二日のスケジュールを終えると、新大阪の駅で食事をし、解散する。
 
「医者相手の営業はうちもあんまりやったことはないんだ。ちょっと大変かもしれんな。最初の方は俺も同行して手伝うよ」

 課長が別れ際、そういって僕の肩を叩いた。

 駅で二人と別れると、僕はそのまま難波まで下った。
 近鉄線に乗り換えて実家へ向かう。

 シートに体を横たえると、どっと疲れが出た。
 富雄に着くまでの30分間、車内で死んだように眠り続けた。

 実家に着くと、夜の9時を回っていた。
 母はラフなオフショルダーのワンピース姿で僕を出迎えてくれた。
 前回帰省してからひと月ほどしか時間が過ぎていなかったが、会うとなぜか懐かしい気持ちになった。

「晩御飯どうすんの。食べんの?」
「帰りに課長と専務と一緒に食べた。今日はええわ」

 キッチンまでカバンを運んでくれたので、僕は先に奥の寝室に行き、いつものように父の仏壇に手を合わせて、帰省の報告をした。

 戻ると母がお茶をいれてくれる。
 肩出しの後ろ姿を見ると、妙にむらむらとした。そっと後ろから歩み寄って背中を抱いた。
 母がびっくりしたように僕に横顔を向けた。

「営業、うまいこといったんか」
「わからへん」
「役所へ行ったんやろ」
「役所には報告に行っただけや。みんなでお医者さんとか介護の社長さんのとこ回ってた」
「大変やな」
「今までと全然違う業界の人ばっかりやろ。ちょっと疲れたわ」

 母の胸の膨らみを後ろから撫でると、母は恥ずかしそうに僕の手を解いた。

「先、スーツ着替えてき。ほんで、すぐお風呂入ってな。母さん、片付けせなあかん」

 母に言われ、二階に上がった。部屋でスーツを脱いでいると、母も上がってきて、服を脱ぐのを手伝ってくれた。
 
「帰る時、またこれ着て帰るんやろ。ちょっとよれよれになってるな。アイロンかけといたろか」
「うん」
「ほら、ズボンも脱ぎ」

 脱いだスーツを受け取ると、母はパンツ一枚になった僕の体をそっと見つめた。
 
「あんた今日どうするん。下で寝るんか」
「うん……ええんか」
「ええよ。布団敷いとくわ」

 母は僕に体を寄せると、パンツを持ち上げた僕の股間をさりげなく触った。

「母さん見てこんななったんやろ……」
「さっきから母さんのことばっかり考えてるわ」

 キッチンで母のおっぱいを触ったせいか、僕の肉茎はすっかり膨れ上がっていた。
 母に軽く摩られると、さらに大きくなって、肉茎の先端がはみ出さんばかりにパンツを持ち上げていた。

 母が先に一階に下りたので、僕も着替えのスウェットを出してきて、すぐ後に続いた。
 実家の木の匂いになぜか癒された。
 風呂に入って湯船に浸かると、昼間の疲れが嘘のように吹き飛んでいく。
 
 浴室の小窓の向こうから突然物音が聞こえた。
 体を起こして立ち上がり、小窓の外を覗くと、真っ暗な庭の奥で母が屈んで庭木の奥を見つめているのが見えた。

「何してるん?」

 窓の隙間から声をかけた。
 母がすぐ僕に気付いて立ち上がった。

「あんた、そんなところから……。よう気付いたな」
「カサカサ音が聞こえてくるからや……」
「猫がおんねん」
「猫?」
「子猫や。こないだからうち来るようになってな」
「野良猫か」
「そうや。捨てられたんか、迷い込んだんか知らんけど、毎日来るから、食べるもんあげてんねん」

 母の足元の暗がりに、時折光る猫の目が見えた。
 
「小さいな……。家ん中入れたりや」
「猫はダニとか持ってんねん。気軽に家にあげられへん」

 母は空っぽになったボウルを拾い上げると、窓の方に歩いて来た。

「窓開けとったら虫入って来るで。締めとき。もうあがるんやろ」
「うん……」

 風呂から上がると、パジャマに着替え、リビングのソファに座った。しばらくテレビを付け、ぼんやりと関西のバラエティを眺める。
 母は浴室やキッチンを片付けると、そばに座って、僕のスーツにアイロンをかけ始めた。

「スーツ何着持ってるん」
「三着で回してる」
「ワイシャツは?」
「わからん。数えたことない」
「着て来たやつ、洗濯しといたで。襟がちょっと汚れてたわ。替えがあんまりないんやったら明日買うたるで」
「大丈夫や……」

 アイロンを終えると、母はスーツ用のハンガーを持って来て僕に渡した。

「部屋にかけとき。母さん、もう寝るわ」

 受け取ったスーツを手に部屋に戻る。
 寝室に下りて来て、布団に横になると、母もすぐ部屋に入って来た。

「健二……。そっち行ってええか」
「ええよ」

 母は仏壇の父の写真を裏返すと、僕の隣にそっと体を寝かせた。

「ちょっとだけおっちゃんの話したいねん」

 急に伯父の話を始める。

「おっちゃんの話なんかせんでええよ……」
「ちょっとだけ聞いて欲しいんや」
「寝る前に聞きとうない。今聞いてもストレスになるだけや。向こうに戻ってからにして」
「それがな。明日、おっちゃん、あんたに会いに来たい言うてんねん……」

 思わず布団から体を起こした。
 母が驚いたように僕を見上げた。

「おっちゃんに帰って来ることいちいち言うたんか……」
「そら言うやんか……」
「言わんでええのに」

 母も体を起こし、僕の背中にそっと体を密着させた。

「おっちゃん、あんたと話ししたいって。聞いてあげえな」
「おっちゃんの話なんかええねん。母さんはどうしたいんや。結婚したいんか?」
「あんた怒るかもしれけど、母さんな、今回、おっちゃんの話、前向きに受けよう思てる……」
「そう……。ほんなら好きにし」

 ため息を零して横になる。
 なんとなく予想をしていた答えだった。

 母に背中を向けると、母は布団をかけ直し、僕の背中から腕を回して手を握った。

「怒ってんのか……」
「親戚になんて言うんや。今時、そんなもらい婚みたいなことしても恥ずかしいだけやで」
「親戚なんかどうでもええ……。あんたがどう思うかだけや」
「おっちゃんのこと好きなんか?」
「好きって……そんなんわからへん」
「はっきりし」
「嫌いやないわ……」
「好きか嫌いかもわからんで、誘われてタイミングだけで結婚しよう思てるんやったらやめとき」
「そら、好きや……。おっちゃん、母さんこと大事にしてくれはるもん」
「あんなんよう好きになるわ……。性欲のかたまりみたいなおっさんやのに」

 母を冷たく突き放すと、なぜか涙が溢れてきた。
 母が驚いたように顔を上げ、ティッシュで涙を拭ってくれた。

「結婚したかて、あんたのことどうこうするわけやない。今まで通り、あんたのお母さんやし、誰が一番好きや言われたら、そら、あんたのことが一番好きや。あんたはなんも心配せんでええんや」
「もうええ。電気消して……」

 そう言うと、母は起き上がって電気を消した。
 布団に戻ると、僕の頭をそっと胸に抱く。

「少しずつでもええからおっちゃんのこと認めてあげて」
「ちょっと考えるわ。もう寝かして……。なんか疲れたわ」

 何もする気が起きなくなって目を閉じた。
 母はしばらく僕を抱いていたが、僕が眠り始めると、そっと起き上がって自分の布団に戻っていった。

(12)

 翌朝起きると、隣に母はいなかった。時計を見ると、もう8時を回っている。
 リビングに行くと、母の姿を探した。
 窓の外を見ると、庭でしゃがみこむ背中が見えた。

 服を着替えると、つっかけを履き、僕も庭に出て、母のそばに行った。

「何してるん」
「トマトに水やっててん。トマトは朝、水やらなあかんねん。こっちのナスもや」

 ふと見ると庭木の奥に昨夜の猫が潜んでいるのを見つけた。

「また猫来てるで」
「昨日からずっとそこにおるわ。一日中、うちの庭におる時あるねん」
「畑荒したりせえへんのか」
「あの子は子供やし、まだそんなことないわ」

 顔をよく見ようと猫に近づくと、すぐに茂みの奥へ逃げ込んでしまう。目を離すと、また近くまでやってくる。

「耳、怪我してるな」
「他の猫にやられたんちゃう」
「病院連れて行ってあげたら」
「そこまでせえへん。おる時は食べるもんくらいあげるけど……。その子も可哀想や。親とはぐれて」

 母が立ち上がると、猫はまたどこかへ逃げて行った。

「すごい警戒心の強い子やねん。しょっちゅう餌あげてるのに全然懐いてこうへん」

 母はひたいの汗を拭うと、家の中に入っていった。

「健二、朝ごはん食べ。すぐ準備できるで」
「いらん。お腹空いてへん」

 母は冷蔵庫を開けてお茶を飲んでいたが、首に巻いていたタオルを外すと、浴室の方に歩いていった。

 僕もトイレに行こうと立ち上がって部屋を出たが、脱衣場の前を通ると、ドアを開け放ったまま服を脱ぎ始める母と目があった。

「ドア閉めや」
「ええよ。あんたしかおらへんのに」
「風呂入るん?」
「さっとシャワー浴びるだけや。庭で汗掻いたやろ」

 着ていたブラウスを脱ぐと母は躊躇なく、僕の目の前でブラを外した。真っ白な乳房が零れると、僕は母の美しい体のラインにしばし見惚れた。

「そんなに見んといて……」

 母はズボンを下ろすと、パンティ一枚になった。ちらりと僕を振り返ると、お尻を向けたまま、そのパンティも下ろす。
 僕はそのままトイレに行ったが、出てくると、母がまだ脱衣場にいるので少し驚いた。

「どうしたん?」
「健二も一緒に入るか?」
「なんや、急に……」
「昨日何もしてへんかったやろ。ちょっと気になっててん」
「そんなこと気にしてんのか」

 母は手を引いて、脱衣場に僕を連れ込んだ。

「ええよ。気い遣わんでも……」
「何も言わんとき。久しぶりやろ。ほら、脱ぎ……」

 母が僕の服のボタンを外しはじめたので、言われるまま着ているものを脱ぎ、裸になった。
 目の前で揺れる母の体を見ていると、すぐ股間が硬くなる。

 母がそっと肉茎に触れた。

「おっちゃんよりあんたの方がずっと助平や……」

 母は僕を連れて浴室に入った。
 お湯を出すと自然と互いの体を洗いあう。
 母の体に触れると、たまらない気持ちになり、僕は何度も母を抱き寄せ、お湯が伝う乳房に口をつけていた。
 泡を流し終えると、母も膨れ上がった肉茎を握った。

「ここでするんか……」
「立ったまましんどいわ」
「お布団でするか」
「うん……」

 脱衣場で軽く体を拭き合うと、手を繋いで寝室に入った。
 父の写真は裏返ったままだった。
 
 布団に入ると、母は濡れないよう頭の上でくくっていた髪をほどき、そっと僕の隣に潜り込んでくる。

 体全体を包む、風呂上がりの優しい香りに誘われた。欲しくて仕方がなかった白い肌が横たわると、無我夢中で母の体に吸い付いた。
 母がびっくりしたように僕の頭を抱いた。

「赤ちゃんみたいやな……」

 真っ白なおっぱいに何度も吸い付くと、母は僕の髪を愛おしむように撫でた。

「昨日もほんまはこうしかったんやろ……」
「昨日は別にしとうなかったわ……」
「嘘言わんとき。母さんの体ずっと見てるの気付いてたんやで」
「母さんがあんな話するからや。急に萎えてもうたわ」

 覆いかぶさると、むっちりとした太ももが自然と開いた。
 下腹部に顔を埋め、血管の浮き出た鼠蹊部を覗き込むと、恥骨の山に何度も頰を押し付け、茂みに口をつけた。そのまま柔らかな花弁に舌先を差し込む。

 想いをぶつけるように荒々しく体を舐めまわしていたせいか、母の恥部も熱を帯び、舐めると音が立つほど蜜が滲んでいた。
 母は横になったまま、何をしても無抵抗だった。噴きこぼれんばかりの僕の熱情を体を震わせながら、静かに受け止めている。

 母をうつ伏せにすると、背中に汗が滲んでいた。その汗を舌先で掬った。母はゆっくりと腰を浮かせ、僕にお尻を向けた。
 花弁を後ろから覗き込むと、脂肪の山に口をつける。奥へ舌を入れると、お尻が揺れるように震えた。

「こないだみたいに後ろからしてえな……」

 体を持ち上げると、はち切れんばかりに亀頭が膨れ上がっていた。

「入れてええんか」
「うん……」

 根っこを押さえ、母の膣口に先端を当てる。揺れるお尻の肉を摘みながら、そのまま肉棒を突き立てた。
 
 母の花弁はぬめぬめとしていた。少し力を入れるだけで、亀頭がにゅるりと中へ潜り込んでいく。
 入りきると、途端に腰を崩し、母は布団に顔を埋めた。押し込んだ肉茎が途端に締め付けられた。 
 
「こういうのが好きなんか」
「お腹に当たってくるみたいで、なんか気持ちがええねん……」

 脈打つ肉棒をゆっくりと滑らせる。うつ伏せになった母の体がその度に震える。

「おっちゃんにもこないしてもうてるんやろ」
「おっちゃんの話、今せんといて……」
「どうしても頭過ぎんねん。俺だけや言うて欲しいわ」
「前も言うたやろ。おっちゃん、あんたみたいに元気ちゃう……。もう50も後半やで。最初は威勢がええけどな、始まったらチロチロ体舐めはるだけや。こんな硬うもならへんし……」

 お尻の山に何度も下腹部がぶつかっていく。ぐったりとした母の背中に胸を密着させ、汗ばんだ耳をかじると、母は横を向き、苦しそうに何度も息を吐いた。
 
「息子にこんなされて、嫌やないんか……」
「もう子供も産めん歳になったんや。息子も何もない。人目も関係ない。好きな人に体触られてるだけで母さん幸せや……」

 母を仰向けにすると、互いに体を抱きしめあい、何度も舌を絡めあった。母の花弁は吸い付くように僕の肉茎を締め上げている。

 この時間が永遠に続けばどんなに幸せだろう……。

 すぐに絶頂を迎えるのが嫌で、焦らすように腰を振った。
 だが、おっぱいを揺らしながら母が押し殺すように声を上げ始めると、もう我慢も限界だった。
 悶える母の横顔を見つめながら、僕は溜め込んだものを噴き散らすように射精した。
 母の中にザーメンを噴き出させた。

「ええよ……全部出し」

 射精する間、母はずっと僕の舌を吸っていた。
 終わると僕の肩を抱き、名残惜しそうに耳をかじり始める。 

 僕はぐったりとし、母から離れて布団に体を横たえた。
 母がこちらに体を向け、僕の胸にそっと頭を乗せた。

「拭いてくれへんのか……」

 目があうと、母は寂しそうな顔をしていた。起き上がってティッシュを抜き、母の体を覗き込んだ。割れ目に沿って紙を滑らせ、優しく恥部を拭うと、薄いティッシュにザーメンが滲みた。
 母は僕の手の動きをずっと見つめ、拭き終えると僕を再び抱き寄せた。

「しばらく横おってな」
「おっちゃん、今日何時に来るんや……」
「断ったわ……。あんた嫌や言うから。朝、メール入れといた」
「晩御飯一緒に食べるくらいやったら別にええで。呼びいや」

 僕がそう言うと、母は急に体を起こして僕の目を覗き込んだ。

「あんた、なんや、急に……」
「話聞いて欲しいんやろ」
「嫌やないんか」
「もう今さらや……。後でそんな話ばっかりされるんやったら今聞いといた方がええわ」

 母が途端に表情を変え、嬉しそうに僕の顔に頰を摺り寄せた。

「おっちゃんに電話しとくわ。夕方、ほんまに来てもらうで」
「うん……呼び」

 お腹の上で母の手を握ると、母の手がなぜか震えていた。

「もし籍入れたらこの家どうするんや」
「おっちゃん、生駒の家、売る言うてはった。ここで暮らしたいんやて。おっちゃんも若い頃、就職するまではこの家におったんや……。ここに愛着があんねん」
「不思議やな。長男やのに。おっちゃん、なんで家継がんかったんや」
「若い頃は、この家おるの嫌やってんて。長男やいうて責任ばっかり押し付けられるって。親のことは父さんに任せるって、家出はったんや」
「おっちゃんらしいわ……」
「もし一緒に住むことなっても、あんたの部屋はちゃんと空けとく。あんたは心配せんでええ」
「しばらくは江坂に住むから心配せんでええよ」
「江坂から緑地公園まで通うんか」
「そうや。すぐや。そっちの方が楽や」

 そっと体を起こすと、母は起き上がって僕の背中に抱きついて来た。

「汗だくや。もう一回体流してくる」
「母さんも行くわ。今日夕方までずっと一緒にあんたとおるわ。ほんで、あんた江坂に住むんやったら、母さん、月に一回、掃除しに行ってあげるからな。あんたも、その方がええやろ」

 母とシャワーに行くと、脱衣場で抱き合ってキスをした。浴室に入ると、お湯を掛け合いながら、また気持ちが盛り上がって抱きしめ合う。
 伯父がくるまでの間、家の中でずっと裸で過ごした。飽きることなく、何度も母の中に入った。

(13)

 母と伯父は半年後に籍を入れた。

 僕はすでに東京のマンションを引き払い、借り上げてもらった江坂のマンションで新しい生活を始めていた。
 慣れない関西での営業で、最初は戸惑うことが多く、予想もしないようなクレームを受けて部屋で塞ぎ込むこともあったが、徐々に仕事に慣れると、この新しい事業にやりがいを感じるようになった。
 
「ちょっとクレームを入れられたくらいであんまり落ち込むなよ。相手もお前や会社がどう対応してくるかじっと観察してる。きちんと対処して乗り越えたら、2回目から信用してもらえるようになる」

 関西で新しく採用された営業課長はこの地域でずっと中小企業相手に広告関係のセールスキャリアを積んできたベテラン営業マンだった。
 僕はその課長に言われ、秋から時間を作って自動車の教習所に通うようになっていた。それまで避けてきたゴルフも始め、以前よりずっと前向きに仕事に取り組むようになっている。

「おっちゃんがな。ゴルフのフルセット買うてくれたはるで。バッグもええとこのやつ譲ったるって。明日、宅急便で送っとくわ」

 母と電話をすると、以前よりも声が明るくなった気がした。

 伯父は生駒に持っていた一戸建てを売り、先月からようやく富雄の家で母と同居を始めていた。

「そういえば、おっちゃんの家、ええ値段で売れたらしいな」
「駅からすぐの場所やからな。聞いたんか?」
「昨日メールして来たわ。ゴルフバッグのことも言うてたわ」

 伯父は籍を入れてから、数日に一度、必ず僕にメールを入れてくるようになっている。

<おっちゃん、奈良の役所やったら知り合いようさんおるんや。こっちでも事業するようになったらいくらでも紹介したる>

 母が言う通り、女好きと酒好きを除けば、性格はマメで、根は優しかった。
  
「健二、ちゃんとご飯食べてるんか」
「大丈夫や」
「お米とか果物とか、欲しいもんがあったらなんでも送ってあげるわ。外食ばっかりやと食事も偏るんやで」

 母も相変わらずだった。しばらく会っていないが、伯父同様、こうして何かあるごとに電話を入れてくる。

 仕事を終えると、会社のすぐそばの打ちっ放し場でゴルフの練習をするようになった。
 何回か通った頃、その打ちっ放し場で何気なく三波さんと遭遇した。
 
「ゴルフするんですか……」
「向こうにいた頃、短期のスクールに通っていたことがあるんです。打ちっ放しだけです。健康のために時々、こういう場所に来るんです」

 三波さんも会社近くのマンションで暮らすようになっていた。こちらで一緒に仕事をし始めると、少しずつ関西弁も戻り始め、以前よりずっと親しみやすい存在に変わっている。

 何度か打ちっ放しで顔をあわせると、仕事終わりに時々、待ち合わせて、一緒に通うようになった。その後、食事をしたり、お酒を飲むようになると、ある夜、突然、意を決したように腕を掴まれ、部屋へ誘われた。
 
 三波さんは仕事をしている時の自分と、素の自分の使い分けがあまり得意ではないようだった。部屋に入ってからも、仕事の顔を崩すことができず、しばらくずっと気を遣うように敬語で話しかけてくる。
 思い切って僕の方から迫ると、ようやく表情が変わった。部屋の明かりを消し、体を抱き寄せると、何の抵抗もせず、僕のすることを受け入れた。

 翌週、母がマンションに訪ねて来た。
 引っ越してから母が僕の部屋に来るのは初めてだった。

「泊まって帰るって……おっちゃん寂しがらへんか」
「大丈夫。家で猫と遊んでるわ」

 庭に来るようになった猫を伯父が引き取り、今は家の中で一緒に暮らしているといい、母はスマホをかざして、猫と遊ぶ伯父の写真を見せてくれた。
 画像フォルダを覗くと、奈良公園で撮った二人の和装の写真が出て来た。僕や何人かの親戚を呼んで、ウェディングフォトを撮った時のものだ。結局式は挙げなかったが、北海道へ旅行に行ったといい、母は嬉しそうに旅行中の写真も見せてくれた。

「おっちゃん、家でどんな感じなんや」
「大人しなった」
「大人しなった?」
「うん……。あのがっつくような感じが急になくなったわ。今だけかもしれんけど」
「優しうしてくれんのか?」
「うん。優しいで。やっぱりお父さんと兄弟なんやなって思ったわ。父さんと似たとこいっぱいある」

 母が部屋のソファに座ったので、そっと膝に頭を置く。
 伯父と結婚を決めてからは一度も母の体に触れていなかった。
 恐る恐る母の胸に手を伸ばすと、母は何も言わずにおっぱいを触らせてくれた。

 下着の感触があったので、その下着を捲ろうとすると、母は自分から背中に手を回してブラのホックを外した。

「あんた、こっちでええ人探し……」
「うん……」
「同じ年くらいの子、会社におらへんのか」
「おるけど、興味ない……。俺、年上の方が好きや」
「年上でもええやんか。いい人見つかったら家に連れてき」

 体を起こし、胸に顔を埋めると、母は以前と同じように、ボタンを一つずつ外し、僕の頭を抱いてくれた。
 真っ白な肌に頰をつけると、なんとも幸せな気持ちになる。

「こんなこと人にばれたらマザコンや言われるな」
「マザコンでもええわ……。秘密にしとったらええ……」

 乳首を引っ張るように吸うと唾液の音が立った。スカートをたくし上げ、母の素足を撫でると、閉じた太ももが自然と開く。いつのまにか母も僕の服を脱がせ始めている。
 二人とも裸になると、そのままベッドへ行った。布団の中に潜り込んで、互いの熱情をぶつけ合うように愛し合った。

 時間は瞬く間に過ぎるーー。


 桜の季節になった頃、三波さんを連れて富雄の駅を降りた。

 駅前でタクシーを拾うと、後部席で揺られながら、富雄川沿いの景色を見つめた。

 ちょうどスマホに何枚か母や父と写った写真を入れていた。昔の写真を見せると、三波さんは母や亡くなった父の顔を興味深げに覗き込んだ。
 車はやがて脇道に入り、実家の近くで停車する。

 車を降りると、三波さんは眩しそうに目を細め、日傘をさした。

 ちょうど目の前に桜があった。

「こういうところで育ってんな」

 桜を見上げた後、三波さんは嬉しそうに僕を振り返った。



 家の前に来ると門扉を開け、中に入る。
 三和土に立って、母を呼ぶと、母はすぐに出て来た。後ろから少し遠慮をするように伯父も顔を覗かせる。



 母に三波さんを紹介すると、母はすぐ駆け寄って、三波さんの手を取った。

 並ぶとやはりどこか雰囲気が似ている。

 リビングで少し談笑した後、二階に上がった。机の上に飾った母の写真を見ると、三波さんはそっとその写真を手に取った。


「お母さんのこと好きやろ」

「なんで?」

「話し方でわかったわ」

「長いこと二人やったから……」

 母がタイミングよく飲み物を運んで来る。机の上に置くと、すぐに部屋を出て行く。

 三波さんは僕と母の短いやり取りを隣でじっと見つめていた。


「お母さん、綺麗やな……」

 ドアが閉まって二人になると、三波さんは僕に肩を寄せた。

 顔を近づけると、持っていた写真立てを机に寝かせ、伏せた写真のすぐそばで僕に唇を重ねる。


 顔を離すと突然、僕の手を取り、自分のお腹を触らせた。


「いつ言おうか迷ってた。こないだ病院で検査してきてん」

「え?」

「もう7週目や……」

 照れ臭そうに笑いながら、三波さんはサプライズのように妊娠を告げた。
 最初はぼんやりとして、何を言われているのかまるで実感がわかなかった。だが、すぐに感じたこともない喜びが胸にこみ上げ、三波さんを抱き寄せていた。

 三波さんは少しホッとしたような顔で僕の胸に顔を埋めた。

「人の親になるねんで。私も健二くんもしっかりせなあかんな」

「子供のためにちゃんと働くわ。うまく言えんけど、自分の人生変えるええタイミングになるわ」


 しばらく抱き合ったまま今後のことを話すと、一階に下りた。

 母と伯父は手袋をつけ、庭作業用の服を着て、仲良く庭で草むしりをしていた。

 三波さんをリビングのソファに座らせると、僕はつっかけを履いて庭に出た。

 並んで畑を覗き込む二人のそばへ行くと、後ろから肩を叩く。
 母が立ち上がって、不思議そうに僕の目を見つめた。

「ちょっと話したいことあんねん」

「どうしたん。何?」

「おっちゃんも来て欲しい」



 先に家に入ると、二人をリビングに誘った。三波さんの妊娠を告げると、母も伯父も最初は驚いていたが、すぐに祝福してくれた。
 
 母がそっと僕の肩を押した。


 「奥の部屋行き。お父さんにも報告し」

 母の寝室へ行くと、父の写真は仏壇の上で反対を向いていた。
 ここは今は伯父と母の寝室になっている。
 母が写真をひっくり返している理由がすぐにわかり、写真をこちらに向けた。

<頑張ってるか>

 相変わらずそんなことを言いたけげな父の表情だった。
 
 妊娠を報告しようとすると、三波さんが口を開き、父に語りかけた。
 報告を済ませると、遺影の前で、そっと三波さんの肩を抱く。
 
 不意に背後で物音がした。

 振り返ると、猫が部屋の中を覗いていた。
 
「猫……」
「うん……。庭に迷い込んでたんをおっちゃんと母さんが拾って、育ててんねん。大きなったわ」

 初めて顔を見てから、もう何ヶ月も過ぎていた。ひとまわり体が大きくなり、風格すら感じる見た目になっている。
 庭で初めて会った時は警戒心が強かった猫だが、今は堂々としている。逃げようともせず、部屋の中にすっと入って来ると、仏壇の横に体を寝かせた。
 三波さんが触れようとすると、猫はぶるっと体を震わせ、三波さんの足元に座り直した。三波さんが何度か体を撫でると、気持ち良さそうに目を閉じる。

(なんか父さんにちょっと似てるわ……)

 猫の横顔を見ると、ふとそう思った。
 こちらを見上げたので、僕もそっとその体に触れようとしたが、途端に威嚇される。
 もう一度触ろうとすると、立ち上がり、さっと部屋から走り去ってしまった。

 あっけにとられていると僕の顔を見て三波さんが笑いはじめた。

「猫にはあんまり好かれてないなあ」

 キッチンに戻ると、猫は母の足元に座っていた。
 もう一度、歩み寄ると、怪訝そうな目で僕を睨んでくる。

 洗い物をする母の横にそっと三波さんが立った。

「私も手伝います」

 三波さんが母のそばで皿を拭き始めたので、僕は猫との交流を諦め、伯父の座るキッチンテーブルに行き、向かいに腰を下ろした。

「おっちゃん、あの猫、飼おう言うたんやろ」
「そや。でもな、俺にはあんまり懐いてこおへん。お母さんのそばにずっとひっついてるわ。健二、どうやった」
「こっちにもあんまり懐いてこおへん」
「ちょっと変わっとるわ、あの猫。夜中、顔引っ掻かれたことあってな。最近、夜の間は寝室に入れんようにしてる」

 ふと、母の方を見ると、三波さんとすっかり打ち解けた様子で、仲良く話し込んでいた。
 テーブルの下を見ると、猫はまだじっと僕の方を見つめている。

「健二、今度、みんなで一緒に野球観に行こう。おっちゃん、また阪神のチケット取ったるから」

 おっちゃんはそう言うと急に楽しそうに野球の話をし始めた。
 しばらく夢中になって今年のセリーグについて語っている。
 気がつくと、三波さんも僕の隣に来て席に座っていた。母もすぐお盆にお茶を乗せてやって来る。

 4人で話を始めると、自然と会話が弾んだ。テーブルの下を覗き込むと、猫は母の足元にしゃがみこんで自分の腕を舐めていた。

 手を伸ばすとまたそっぽを向かれる。
 
「あんた、あんまり好かれてないな」

 母と三波さんが目を合わせて笑い始めた。
 叔父も隣で笑っていた。

 何度か猫に構ってみたが結果は同じだった。
 
「夜、みんなで手巻き寿司食べよ。スーパーへ買い出し行こう」

 叔父が提案し、しばらくすると。ぞろぞろとみんなで玄関に向かった。
 
 振り返ると、廊下の奥の猫と目があった。
 やっぱり少し父に横顔が似ていた。
 
 しばらく見ていると、猫は僕に背中を向けた。少し寂しげな背中を見せながら寝室のドアの隙間へ消えていった。

(了)



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