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一万円入ります。

最近、コンビニ等で買い物をする際、一万円札で支払うと店員さんが他の店員さんに向かってこの掛け声を発するのを見かける。

「一万円入ります」

「今、レジ係の私がレジに一万円札を入れますよ」と他者に宣言しているのだと思うが、もしそうならば「入ります」ではなく「入れます」の方がしっくり来るのではないのだろうか。
「一万円入ります」だと「一万円」という人がレジに入っていく姿を想像してしまう。

髪型は綺麗に刈りそろえられたスポーツ刈り、銀縁眼鏡をかけた小柄な男性、一万円忠男55歳がレジカウンター越しにこちらを見ている。

「一万円忠男ともうします」

忠男は長袖のシャツの袖をまくり、開いているレジの方を一瞥するとこう言った。

「一万円入ります」

忠男は競泳選手の飛び込みのように勢いよくレジのお札入れへと飛び込んだ。
沢山の小銭やお札がレジから地面に飛び散った。

掛け声というのは習慣になってしまうことがある。
昔、コンビニでアルバイトをしていた頃、バイト先とは別のお店で買い物をしている時でさえも、気を抜くと自動ドアの開く音を聞いただけで反射的に「いらっしゃいませ」と口走ってしまうことが何回もあった。疲れている時は特にそうなりやすい。

以前、コンビニで買い物をし、五千円札で支払った時のこと。
店員さんが五千円札を僕から受け取るとおもむろに他の店員さんに言った。

「一万円入り、、、ませ〜ん」

「ませ〜ん」で周りに笑いが起きたので、あの店員さんも救われただろう。
店員さんは疲れていたんだ。樋口一葉が福沢諭吉に見えるほど。 

別の日、別の場所、男の店員さんが一人で切り盛りしている夜中のコンビニで買い物をし、一万円札で支払った時のこと。一万円札を手にした店員さんが急に誰も居ないもう1つのレジの方を向いて言った。

「一万円入り、、、ますん」

「ますん」が静かな店内に響いた。
焦った僕は冷静を装う為、聞こえなかったふりをしてレジ横にあった肉まんの容器を見つめていた。

店員さんは疲れていたんだ。アイスしか買っていないのに袋に割り箸を入れるほど。

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