見出し画像

【妖怪百科】 天邪鬼

 右であれば左といい、黒であれば白と言う。腹が減っては満腹といい、楽しければつまらんと言う。こちらが腹を立てれば立てるほど、天邪鬼の世界に引き込まれていく。
 客観的にみれば、滑稽にも思えるし、目線を変えれば禅問答に見えなくもない。天邪鬼とのやりとりを楽しむ心の余裕があればいいのだが、多くの人は腹を立てる。なぜ、腹を立てるのだろうか?また、なぜ天邪鬼はあべこべのことを口にするのだろうか。その辺りを考察したい。

 まず、腹を立てる人について。近頃「論破」などと言う言葉を耳にする。自分の正しさが相手の言う正しさよりいかに論理的に正しいかを証明し、反論ができなくなる状況に持っていくことを「論破した」と言うのだろう。人は誰しも少なからず、相手を論破したいという欲望や執着を持っている生き物なのだろう。そうなると、天邪鬼は論破に値しない。なぜなら、そもそもの論理がはちゃめちゃで、先ほど黒と言ったのに、次にはそんなことは言っていないとのたまう始末。議論にすらならない。全てをはぐらかして無意味な言葉を重ねてくるだけだ。「あなたの言うことの方が正しいです」と相手に言わせ、屈服させたい論客にとっては土俵にすら立とうとしない態度に大いに憤るだろう。
 しかしながら、こんなもの単純な話で、論破したいと言う執着を捨てれば良いだけだ。誰もが正しさを振りかざし、正義の道を歩むわけではない。「こんな心の小さな自分に気づかせてくれてありがとう」と謙虚になれば、天邪鬼に感謝の気持ちも出てくるのではないだろうか。無論、それに天邪鬼がどう答えるかは計り知れないが。

 ではなぜ天邪鬼はあべこべなことを言うのか?
 先ほど、論理がはちゃめちゃと書いたが、私が推測するに、天邪鬼はウィトゲンシュタインの言う、「論理空間」を見ているのではないかと思う。すなわち、あらゆる可能性を秘めた論理空間において、成立した事態の総体が世界である。世界の住民には成立した事態のみが真で、成立しなかった事態は偽であり、天邪鬼は決して真を言わず、偽を述べると解釈してしまう。しかしながら天邪鬼は妖怪である。彼の目に、成立しなかった事態を含む論理空間の全てが見えていることなどないとは言い切れない。となると、たとえあなたが白い服を着ていたとしても、それは黒でもありえたし、赤である可能性も含んでいる。天邪鬼が成立しなかった事態を含めた論理空間を見ているとすると、彼は「お前は赤い服を着ている」と言おうが「黄色い服を着ている」と言おうが、「何も着ていない」と言おうが、「お前などここにいない」と言おうが全て正しいことになる。見えている論理の構造が違うのだ。そう考えると、天邪鬼が論理的で高尚な存在に見えてきたと思ったあなたは、すでに天邪鬼に騙されているかもしれない。
 なぜ、天邪鬼は論理空間に生きることができるのか? それは。。。まあ妖怪だからだろう。。。

 たまに天邪鬼の如く論理空間に生きている子供を目にするが、そのまま社会に出るとめんどうくさいことになりそうなので、早く世界に戻ってきて欲しいものだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?