ベトナム産木質ペレットの問題:日本の発電所向けに適しているのか。

〇日本のバイオマス発電所向けベトナム産木質ペレットで起こっている問題


 木質ペレットの価格が高騰し、多くの日系企業が頭を抱えている。昨年はベトナム産木質ペレットの価格はFOB100ドル~110ドル程度で推移していた。ところが今ではFOB180ドル台の成約もあり、ベトナム側のオファーでいうと200ドル台のオファーも聞く。1年もしないうちに価格が倍近くになったことになる。

  価格上昇があまりにも急に起こったために、ベトナム企業と価格の再交渉や契約した数量が納入されない問題が起きている。日本向けだと10年程度の長期契約で固定価格(若干のインフレがつく)であり、過去に長期契約価格を130ドル台で契約を決めているところも多い。相場が急騰したため過去に契約した安い価格ではベトナム側のサプライヤーも集荷ができず、お手上げ状態である。日系企業からすれば「契約は契約だからきっちり守ってほしい」と思うだろうが、この辺り日本人とビジネス感覚が違いもありベトナム側から「ないものはない」といわれる日系企業も多い。ベトナム産木質ペレットを買い付けているのは発電所でなく日系商社であるが、間に入っている商社は発電所に対する供給責任もあり逃げるわけにはいかない。仕方なく契約した価格を上乗せして材料の確保を依頼するなど譲歩せざる得ないことになっている。 
 

〇なぜこんなに価格が急騰したのか。


 一つは木質チップ需要の増加である。もともとベトナムは木質チップを多く輸出しており、2021年のバルク船輸出で約9,695,355ドライトンを輸出している。輸出先は主に中国と日本向けだが、中国向けの需要が徐々に増加している。これは中国政府が製紙原料である古紙の輸入を大幅に規制したからである。例えば2020年に中国は日本から古紙を100万トン以上輸入していたが、2021年にはほぼ0トンとなっている。つまり、製紙産業の需要はこれまでと変わらないので、パルプ工場などが増設され古紙の代替としてパルプの原料となる木質チップの需要が増えたことが背景にある。パルプ向けの木質チップの需要の増加は原木由来の木質ペレット原料の確保にも影響し、中国向けの木質チップと日本向けの木質ペレットで原料の取り合いになっているのである。

  2つめは、製材所及び家具工場の稼働率の減少によるおが屑の発生の減少である。木工製品の輸出はベトナムの輸出の5%程度を占めており重要な輸出産業と位置付けられている。その家具産業の集積地は南部の省と中部のBinh Dinh省にある。家具製品の輸出は米国向けが多いが、木質ペレット工場に聞くと製材所や家具工場の稼働率が落ちていると聞く。私の手元にある木材・木製品の2022年7月までのベトナムからの輸出額は97.2億ドルで前年同月比約1.1%増のほぼ横ばいであるが、この辺り現場との肌感覚と違う。これは統計上価格が上昇している木質チップやペレットなどが含まれていたり、生産と出荷のタイミングの違いなどからきているのではないかとみている。製材及び家具製品の生産が減少すれば、当然製造工程で発生するおが屑も減る。原料そのもののパイが縮小ことで、ベトナムのペレット工場は材料の確保に苦労している。

  3つ目は、契約の増加による原料確保の競争の激化である。ここ数年で日本の商社が多くベトナムを訪れてベトナム企業と長期契約を結んだ。しかし、それぞれのベトナム企業が個々に材料を確保しているわけではない。もちろん契約時には材料を確保しているなど説明はするのだが、実際はある程度見込みで「今の相場は100ドルだから130ドルくらいの価格であれば長期でも大丈夫だろう」などと契約しているところも多い。ところが、実際のおが屑や原木の仕入先とは長期契約しておらず、かつ他のペレット業者とソースが重なっているところも多い。実際、各社の供給が始まると材料の発生数量は変わらないため取り合いになってしまうという構図である。 
 

〇ベトナム産ペレットの現状はどうなのか。


 日本の木質ペレット輸入の通関データによると、2021年に日本は木質ペレットを約3,116,342トン輸入している。そのうち約53%の約1,646,750トンがベトナムからの輸入である。日本のバイオマス発電所にとってベトナムは重要な供給国なのである。また、韓国向けでも2021年の木質ペレット輸入数量約3,356,640トンのうち63%の約2,101,599トンがベトナムからである。ベトナムの木質ペレットは日本だけでなくアジアで重要な位置を占めているのだ。 
 

〇実際、ベトナムの木質ペレット工場はどのように材料を確保しているのか。


 ベトナムは製材所・家具工場が多くあり、木質ペレットの多くはその製造工程で発生するおが屑が多い。ただし、木質ペレット工場が直接製材所及び家具工場から買い付けているケースはすくない。1工場からの発生量そのものが小さいからである。そこには工場発生のおが屑などを集荷するトレーダーがおり、木質ペレット工場はそれらのトレーダーに価格を提示して集荷している。つまり、その時の相場でその都度スポット購入するのが基本である。10年などの長期でみれば、その工場が稼働しているかどうかもわからない。当然のことだが数量及び価格も安定しない。

  では、北米の木質ペレット工場のように森林から長期的に原料を確保するという考えもあるだろう。実際、ベトナムはアカシアの植林が豊富である。しかし、植林から供給されるといっても安心できない。一般的には森林(土地)を所有している企業と長期契約をして材料を確保すればよいと考えるだろう。自分たちの土地で植林をしているのだから、そこと契約すれば数量も価格も安定して購入が可能という考え方である。しかし、ベトナムでは森林の土地の所有権(厳密にはベトナムで土地の所有権はなく使用権である)をもっていても、実際は植林の作業をしている農家が価格を決めていることが多い。ケースバイケースだが、1農家で3-5ヘクタール程度の土地にアカシアなどを植林しており4-5年で伐採する。数量はそこから確保できても、価格については相場で買うと決めていることが多い。つまり植林から直接買い付けても価格については要交渉になる。また、そもそも木質ペレットを日本向けに供給するだけの大規模な植林を確保している民間企業が大変少ないのが現状である。

  もちろん、ベトナムで植林から原料を確保し、長期的に木質ペレットを安定供給できる企業はわずかに存在する。しかし、これらの条件を満たすベトナム企業は非常にすくない。 
 

〇日本の都合で条件が決まっている。


 バイオマス発電所のほとんどはプロジェクトファイナンスである。長期契約と固定価格で提示する。バイオマス発電にとって原料の確保は最重要なポイントになる。長期契約で安定的な価格の契約がないとそもそも融資がおりないのである。融資が下りなければ、バイオマス発電所も建設できない。
 
そこで日本の大手商社の役割となる。プロジェクトファイナンスの確保にあたっては大手商社でなければプロジェクトファイナンスが成立しない。大手商社としては発電所向けの契約が欲しい。仮に現地の人間はわかっていてもどうしても無理してしまう。ベトナム企業もこれまでFOB100~110ドル程度の価格で販売に苦労していたこともあり、130‐150ドル程度で売れるなら喜んで決めたいと思っていた。ベトナム企業も日系企業から要求される資料は準備する。両者の利害が一致して契約したケースが多い。 しかし、先に述べたように、長期契約・固定価格はベトナムの木質ペレット産業の実態に全く合っていないのである。
 

〇商社ないしは発電所側でリスクを織り込むしかない。


 現在の価格は180ドルを超えて200ドルのオファーも聞く。これでは発電所の採算は合わない。仮にFOB180ドルで為替を140円と仮定するとFOBで25,000円を超える。これはFOB条件なので海上運賃は含まれていないからさらに3,000円から5,000円の海上運賃が加わる。これでは大型のバイオマス発電所でも採算が厳しくなっているはずである。今は、商社が負担するか発電所も協力するなどしているかもしれないが、長期化すれば発電所の稼働にも問題が起こってくるだろう。 
 
そもそも木質ペレットの調達契約の長期契約・固定価格は日本の都合で決めた側面が多い。ところがベトナムの木質ペレット産業の現実を反映していない。また、ベトナムの「実態」を十分考慮にいれてベトナムのパートナーの選定や仕組みづくりを行っている日系企業はすくない。従って根本的な解決策はなく、今のところベトナム側の要求を呑んで価格を調整するなどしてつなぎ、相場の沈静化を待つしかないであろう。

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