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サムシング

「あっ」突然森田くんが張りのある声を出した。何かを見つけたようだった。森田くんが見つめる先の方に何かが落ちている。森田くんはそれに近づいていくのだが、その速さがまるで獣が獲物を狙っているときのような感じだった。そして森田くんは落ちているキラリと光ったそれを摘まんで持ち上げた。それは百円玉だった。あ、いいなぁ、と僕は森田くんを羨ましいと思った。ラッキーなやつだな、と思って嫉妬した。そこで僕が発した言葉も
「あっ」だった。
「やった! ラッキー!」と森田くんはちょっと子どもらしくない低めの声で言った。その後、僕たちはフジショウではない、別の駄菓子屋へ行った。(フジショウとは藤井商店という名の駄菓子屋のことだ)森田くんは拾った百円でたこせんを買った。一口だけ囓らせてくれた。たったの一口のたこせんを一生懸命に味わって飲み込んだ。そして森田くんは結局一口しか囓らせてくれなかった。
 森田くんは密かにポケットに一〇円玉を握っていた。その一〇円玉でコインころがしゲームをした。店の外に出たところにあるそのゲームは、一〇円玉を挿入し、その一〇円玉はガラス・ケースの中に描かれた火山や川を乗り越えて最後のゴールまで辿り着くとお菓子の引換券が出てくるという仕組みのものだった。森田くんは見事にゴールした。だからお菓子の引換券が一枚出てきた。と思ったら一枚しか出ないはずの引換券が二枚も出てきた。
「あっ」と僕は低い声を出した。
「やった。ラッキー」と森田くんが言った。そして店の中に入っていって「おばさーん」と店の人に声を掛けた。僕はそのときなぜか
「ずるいぞ! ずるいぞ! 森田くん、ずるいぞ!」と店の中で叫んだ。すると森田くんは
「おばさん、外の一〇円ゲームでゴールしたら引換券が二枚も出てきた」と言う。
「あー、正直に言うてくれてありがとう。正直に言うてくれたからサービスで引換券二枚使っていいよ」と店のおばさんは言った。僕はなんだかばつの悪い思いをした。そしてどういう訳か、理不尽だと思ったのだった。
 森田くんとは友達だったが、その後の付き合いの中で、森田くんのことを理不尽で納得いかないという気持ちにさせられることがたびたびあった。今はもう、森田くんがどんな顔だったか思い出せない。森田くんと友達どうしだったことは間違いないのに、森田くんとの記憶がそれだけしかない。

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