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個と力

タイミングの問題なので、あまり縁起とかにこじつけて良いほうにも悪いほうにも受け取らないようにしているが、元旦そうそうあまり良いことが起きない。早くも前言撤回するようでさらに気持ち悪いが、しかし、その起きたことによって考えさせらるキッカケになることはままある。
それが暗示とか啓示とかの類でなくとも何かを考えはじめることを助けることには違いない。

今回の場合は「個」ということ。
どれだけローンウルフを気取っても人間はなかなか単独で行きてゆくのが難しい動物。特に現代社会ではまったくひとと触れずに生きる事自体が不可能に近い。
その意味で映画などの設定でたまにある、山でひとりほぼ自給自足の生活を送る猛者などは現実離れしていつつもどこか魅力的でもある。

そして今日気がついたのは自分にとっての「個」は恐怖と魅力が隣合わせていて、そこに己の脆弱性もハッキリと見て取れるということ。

生ぬるい連帯感と分かっていても、いちど毛布のぬくもりを覚えた獣はなかなかそこから抜け出せない。
なので改めてじぶんが「個」であることを魂に叩き込む必要がある。
これをなし得ずして他者との連帯や、そもそも思いやりなどというものが持てるはずがなかろう。
なぜなら他者に対しての言動が「孤立」「個立」してしまうことへの恐怖に基づいて決定される危険性で溢れているからだ。

多胎児で生を受けたり、天災、事故、心中などの例外を除けば、
人間は一人で生まれ、一人で死ぬ
この覚悟、というか事実を受け入れた上で他人との向き合い方を決めるべきだと思う。

一方「個」を「孤独」とともに受け入れた場合備わる力もある。
何かを失う恐怖から解放されることでもある。
物理的に誰かと人生を共にしているとしてもだ。
今僕に最も必要なのはこの「個であることの力」なような気がしている。

2020年元旦

PS 僕の愛するネコは「寝個」かもしれない

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