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1997年の夏の陽射しとギターアンプ

先日、ギター マガジンの取材で久しぶりに池袋の楽器屋さん(ロックハウスイケベ池袋)に行ってきた。学校が池袋にあったこともあり、ギターを始めた中学時代からとても頻繁に通っていた楽器屋さんだ。非常に懐かしい気持ちに満たされながら店内を眺めていたが、アンプのコーナーである鮮明な記憶が蘇った。


たしかあれは中学3年生の時だったと思う。
バンドで秋の学園祭への出演が決まり(前の年は演奏がまとまらず、途中で僕のストラップピンが引っこ抜けてギターが落ちてオーディションも落ちた)、夏休みに教室で練習をすることになった。もちろん学校に機材なんてないから、ドラムからアンプから全て自分たちの楽器を持ち込んだ。

ただ僕が当時持っていたギターアンプは、最初に買ったギターの初心者セットみたいなのにくっ付いてきたとても小さな(オモチャみたいな)代物で、とてもライブで使えるものではない。他のメンバーはちゃんとした大きなアンプを持って来ていたので、急遽駅の反対側の楽器屋へもう少し大きいアンプを買いに行くことにした。


アンプコーナーには小型のものからステージでも存在感を放ちそうな(つまりプロっぽい)大型アンプまで沢山の黒い箱がひしめいていた。もちろん大型アンプは値段も大型で、中学3年の自分にはお年玉をかき集めても手が出ない。

そんな中、メサブギーというメーカーの「スタジオ22+」というアンプが中古で安く売られていて、大きさ的にも中型くらいでちょうどいい。試奏させてもらったら見た目より全然大きな音が出て、これなら学園祭でもちゃんと使えるだろうと確信した。

すぐに購入しようとするも、そんな大金を中学生が持ち歩いているわけないので(もちろんクレジットカードも電子マネーもない)、急いで電車に乗って家までお金を取りに帰った。たぶん往復で1時間以上。もう他のメンバーは練習を始めているので気が気ではない。

やっと戻って来て無事に支払いを済ませ(お店の人に事情を説明して売約済みにしておいてもらっていた)、高揚感でいっぱいになりながら「ありがとうございました!」と言ってアンプを片手にさっそうと店を後にした。

「これでなんの心配もなく皆んなと練習できる」
と学校に向かって歩き始めたのだが、数分経った頃から右腕に鈍い痛みを感じ始める。手の指もなんだか痺れているような気がする。
でもアンプを手に入れた喜びが感覚を麻痺させていたためか、気にせずにまたしばらく歩き続けた。

しかしながら、限界は突然おとずれる。
重い。重すぎる。


このアンプ、見た目のコンパクトさに惑わされていたが明らかに20キロ近い重量がある。内部に真空管使った本格的な仕様のせいだろう。とてもじゃないが中学生が素手で持って遠くまで運べるようなものではない。
しかも季節は真夏。灼熱の午後の太陽が無慈悲にも僕の腕や首筋を焼きつける。

持つ手を左に変えて休みながら歩くも、学校までの道のりはなかなか絶望的だ。汗が吹き出し、半袖のYシャツがもう透けてきている。


それでもなんとか歩き続け、もう少しで学校というところまで来て道の脇にアンプを下ろした。それを椅子がわりにして座り込んだ。腕も背中も全ての筋肉が悲鳴を上げている。いや、もはや悲鳴すら上げていない。まるで他人の体みたいに感覚がなくなるほど痺れている。
蝉の鳴き声、車のエンジン音、通り過ぎていく人々の足音。汗でもはやシースルー状態のシャツ。1997年の夏休み。


不思議なもので、その後どうやって教室まで持って行ったのかはよく覚えていない。最初に鳴らした音がどんな感じだったのか、どうやって家に持って帰ったのか…
というような記憶は一切残っていない。
ただあの夏の陽射しの感触は鮮烈に皮膚に残っている。



そう、こんな重さだった。
いや、もっとかもな…

目指せ書籍化📓✨ いつかライブ会場のグッズ売り場にエッセイ集を平積みにしたいと思います。