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あの日の音

五年前のその日、僕は生まれて初めてその音を聞いた。12月初旬だった。

仕事の帰りに、その当時よく寄らせてもらってたコインランドリーに車を停めて洗濯物を放り込んどいて、その間に買い物に行ってこようと駐車場に出た時だった。時間は19時半くらいだった。


その時一人のおじいちゃんが視界に入ってきた。


その駐車場の真横に小さな酒屋さんがあって、そのお店を出た所(道路に面した所)には自動販売機が2~3台設置されていた。

そのおじいちゃんは道路に背中を向けて自動販売機で何かを買っていた。別に知ってる人でもないし知らん顔しててもよかったのだが、何故かわからんけど気になったから見ていた。

するとそのおじいちゃんは少しよろめきながらフラフラっと後ろ向きのまま自分の足で車道に出始めた。片側一車線の田舎の道路。時間帯により交通量は多い時もあるが、その時は車は走っていなかった。センターラインの手前でゆっくりと座り込むような感じの後ろ回りをした。最後に後頭部が道路につく感じ。ゴン?いやコツ?のような音が聞こえた。おじいちゃんはそのまま仰向けで道路に倒れている。

「あ~あ何じゃそれ。そんなとこで転ばれても邪魔になるがな。しゃ~ないな~とりあえず向こうの歩道まで引っ張ろか」

と思いながら自分の額に手を当てて、ほんの何秒かだけ目を逸らした。自分の斜め後ろを向くように。

そ、その瞬間に自分の背中のほうから


“ボコン” という音が聞こえた


えっ?えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!

そのおじいちゃんが・・・・車にひかれた。一瞬だった。ひかれた瞬間は見てないけど、その前までを見ているのは僕だけだった。

じいちゃんに近寄った。一目でダメだと思った。その車の運転手さんも降りてきて僕に近寄って来た。顔色がなかった。ピクリとも動いていないじいちゃんの横で、その運転手さんと一緒に救急車と警察が来るのを待った。道路には、じいちゃんの中から飛び出したであろう塊があちこちに散乱していた。正気ではない運転手さんは僕に「わ、わたしはどうなるんでしょう?」と言った。僕は「このおじいちゃんが何故道路に寝転んでいたのかは僕が見ました。その事実だけは警察でそのままを証言してきますからね」としか言えなかった。


救急隊が到着した。すぐおじいちゃんを確認してくれたが、やはり救急車に乗せる事はしなかった。じいちゃんはそのままの状態で救急車は近くの空き地に移動した。その後すぐパトカーも到着したので、そこで運転手さんとは別れた。そのまま僕も現場検証に入った。

見たままと、自分の思った事もそのまま話して説明した。また後日警察署まで来て、もう一度事情聴取させて下さいとの事だったので、了解して警察からの連絡を待つことにした。やっと買い物に行けると思ってそのままスーパーへ直行したのだが、あったのは売れ残った焼き鳥だけだった。それは食べる気になれんかった。


なかなか警察からは連絡が来なかった。解決したんかな?もう行かんでもええんかなもしかして?と思いながら、年が明けた。

その年の四月に連絡があり、警察署に仕事帰りに出向いた。取り調べ室みたいな小さな部屋に案内されて改めて事情聴取が始まった。あの日と同じ、そのままを話させてもらった。20cmくらい厚みのある資料を持ってきて机の上に置かれたので、「これ見せてもらってもいいですか?」と聞くと「ああ、よろしいですよ。でも生々しいから覚悟して見てくださいよ」と言われた。その時初めてあの時のおじいちゃんの顔を見た。ひどかった。二時間程で聴取は終わったけど最後に質問された。

上村さんは今回の事故はどう思われますか?   と。

「車を運転されてた方が、とても気の毒です」とだけ答えた。

「そうですね」と警察官も応えられた。


その後、何日か経って、そのおじいちゃんの娘さんが、僕の同僚の近くに住んでるという事がわかり、娘さんからも事情を聞かせて欲しいとの事だったので、会って説明させてもらった。娘さんにとっては聞きたくないであろうそのままの話をさせてもらった。


そのあとはどうなったのかわからない。けれど、そのままを話す事が、あのおじいちゃんにとっても、運転手さんにとっても、娘さんにとっても間違いではなかったと信じたい。


そして、普通では考えられない状況もあるんだと、この時学んだ。道路のほぼ真ん中で人が転んでいるという『まさか』。


皆さまもお気をつけ下さい。安全第一で。


読んでいただいてありがとうございます。失礼します。




      






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