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古代ローマ杯=英仏米のお料理対決…(つっこまずにいられない)みたいな話


 今更ながらamazonでApicio"L'arte culinaria"をポチりました。

歴史再現料理を趣味とするわりには、手を出すのが遅くて恥ずかしいですね。

こちらは古代ローマの名高い料理本『アピシウス』のフランス語訳/ラテン語原文併記本の仏⇒イタリア語翻訳版で、諸書籍との比較用に買いました。英Katie Stewartによる『アピシウス』抜粋紹介(『料理の文化史』学生社)と、仏Brigitte Leprêtreによる同抜粋紹介(『古代ローマの料理と文化』三恵社)に、ところにより結構な違いがあるのはどうして?米Flower, B., and Rosenbaum, E.,1958”APICIUS the Roman Cookery Book"ともまた違うのは何なん?どれを信じろと?ええ???と思いつつも、いくら無料公開されたところで露エカチェリーナ2世に仕えた伊Francesco Leonardi の”APICIO MODERNO TOMO”は読めない私が、溜息をつきながら選んだ一冊です。

…まだ届いていないので所詮遠吠えですが、もうこうなったら原文ラテン語が英・仏・米・伊語訳でどう変化しているか比較して見てやろうと思っています。どの訳者も、自分の国の文化に引き寄せて古代ローマ料理の在り方を想像し、完成品が「各国的な感覚で」美味しくなるように、善意で、元々は解釈の幅があるであろう語を翻訳して食材を定め、原文には書いていない分量を推測しているからこそ再現の結果にズレが生じているわけで、それなら日本人が日本的感覚で新解釈古代ローマ料理を作ったっていいですよね。こちとら魚醤味の扱いに関しては欧米勢よりイケてる気がすんだわ!そういうテンションで以下、現時点での覚書をしておこうと思います。



今回再現するのは…

英Stewart『料理の文化史』でいうとp,263、仏 Leprêtre『古代ローマの料理と文化』でいうとp,8。基本は茹でた豚肉や白身肉に、よりスパイシーに仕上げたものは鶏肉にかけることを想定してある、途中に火を通す工程が(少なくとも明文として)登場しないらしい料理です。

用法と素材から同定していますが、これは米版によると『アピシウス』Ⅵ9-1のレシピで、英仏版共に補足・解説にはⅥ9-11やⅧ7-8の類似レシピ情報が盛り込まれています。荻野繁春氏の論文によると、作業動作について確実に言えるのは、モルタリアが使われること…だけ!以上!未確認ですが、『アピシウス』ラテン語原文にはmortariumが出てくるようです。

モルタリアというのは、内部に砂利が埋め込まれた突起がランダムな洗濯板と乳鉢が合体したようなもので、いわば古代ローマの擂鉢です。翻訳書内の具体的な作業手順は米・英・仏版それぞれ異なっていて、仏版以外は乳鉢すら使ってない。使えよ!ちゃんと使えよ米英組!?原文が届く前からつっこみが止まりません。


英・仏・米版のちがい【素材編】

まず同じ原文を訳している筈なのに英版だけとある語の解釈が違う。原語(ラテン語)は何なんでしょう?直訳した場合「木の実」になるみたいな、元より解釈の幅が存在する言葉なのか英国的美味しさを目指してわざと置き換えてあるのか…仏米版で「松の実」とされているところが、英版だけ「アーモンド(カシューナッツ、ヘーゼルナッツ、胡桃もありかも)」となっています。味、だいぶ違わない?さて、次の部分は間違いなく親切心による改変です。

米版ではアサフェティダ(※古代ギリシャ・ローマではよく使われた香辛料で、”悪魔の糞”の異名をとるほど臭い。セリ科の植物の樹脂。)とされている部分が、英版ではセロリの種と粉ラベージ、仏版では株セロリになっています。これはたぶん米版が原文に忠実で正しく、他が全然違う(代用品が代用になってない)。あと、米版と仏版はちゃんとナツメヤシを入れているのに対し、英版はナツメヤシどっかいった。あの、申し訳ないけどこの時点で古代ローマ人的には、イギリス式古代ローマ料理はイエローカードなんじゃないの…?

続いて代用品が代用になってないシリーズでいうと、米版はデフルトゥム(※古代ローマのワインベース甘味料。蜂蜜とかいろいろ入ってる。)を、デフルトゥム(boiled wine)と記しています。boiledは間違ってないけどただ沸かしただけのワインとは違うでしょ。その点英版はこれを「ワインと蜂蜜を入れる」としており、日本人的にはまずまず同意できます。仏版はわざわざ「ワインに、ラベンダーかローズマリーの蜂蜜」と指定して英とは違うこだわりっぷりを見せつけてくれます。たぶんそれ原文のどこにも書いてないけどな。そんなに細かく指定してこないですからね昔のレシピは…(でも、仏式に従うと美味しいです…)。


英・仏・米版のちがい【作業工程・分量編】

さて、ここからは擦り混ぜる(※モルタリアを使う動作)以外は完全に自由な思考・想像に委ねることとなる作業工程と分量についての話。『アピシウス』に限らず、昔のレシピは分量が書かれません。作業工程について、レシピ作成者があれに気をつけろこういう状態を目指せと事細かに書くようになったのは、ざっくりいうと近代に入ってから。稀に作業工程が歌になっていたり、修道院に伝わるレシピだと「何々の聖歌をうたうあいだじゅう焼く」みたいな指示が書いてあったりするらしいですが、まあ基本古代レシピに関しては読者のクリエティビティが試されますね。以下、各国版著者の判断をざっくり紹介します。


【米版】

ソースとして、ディルの実、乾燥ミント、アサフェティダを入れて酢と混ぜ合わせてそこにナツメヤシを加え、魚醤、マスタード、胡椒、オリーブオイル、デフルトゥムをいれる。


・・・量に関して下手なことは言わない。その代わり再現写真は載せないし「食べてみて美味しかった」とも言わない。堅実というか、何というか。



【仏版】

1.松の実(100g)を乳鉢で砕く。デーツ(5~6個)は刻む。

2.魚醤(大さじ2)、ラベンダーかローズマリーの蜂蜜(大さじ2)、マスタード(大さじ1)とオリーブオイル(大さじ2)を加え、微塵切りにしたハーブ(セロリ・ディル・オレガノ)、白胡椒とワインビネガー(大さじ1)を混ぜ合わせる。よくかき混ぜる。


・・・セロリってハーブなんだ?それはいいとして、仏版は米版より工程面で冒険しています。ディルの種子ではなく葉を使い、葉物を微塵切りにしている。古代人って微塵切りするか?古代ローマにまな板はあるのか?まな板って、結構衛生的に管理するのが大変な代物なので、古代人的には肉系は吊るし切り、葉物はちぎって済ませたいところだと思うんですけど…その点米版は古代人の気持ちがわかってますよね。でも仏版のほうが甘味の上に爽やかな青い香りが立って、美味しそうです。


【英版】

アーモンド(2オンス)を軽くあぶり、粗くひいてボウルに入れる。胡椒(小さじ半分)、粉ラベージ(小さじ半分)、セロリシード(小さじ1)、魚醤(小さじ2)、蜂蜜(小さじ1)を加える。オリーブオイル(大さじ2)と白ワインビネガー(大さじ3)を入れ、かきまぜる。このとき混ぜ物はかなり水っぽくなるはずだが、ナッツが水気を吸ってくれる。それを小さなソース鍋に入れ、10分間とろ火で煮る。火からおろして、30分置いておく。


是非とも原文を確認したいところです。このソース、仏版では冷製と記してある(生の、という意味か)んですが、英版はしっかり火を通したうえで30分冷ますことで熱をとって「冷製」にしてくる。いやまあ気持ちわかりますよ?衛生面で危険ですからね前近代における野菜の生食は。アーモンドを焙りたい気持ちもわかる。そのほうが香りが立って美味しいですもんね。英版の味付けは仏版よりかなり酸味強め清涼感仕様で、この方向性でまとまりを持たせるために三ヶ国で唯一ビネガーは「白ワインの」と指定し、甘味のあるナツメヤシを削ったんだと思います。




新提案【日本式古代ローマ料理】

さて最後になりましたが英仏米三ヶ国の古代ローマ料理本を見比べ、僭越ながらわたくし各国著者の健闘に拍手を送りつつ、古代ローマ料理選手権日本代表として(?)勝手にフランス版の美味しいとこいただきながらアメリカ版の堅実さ保守しつつより日本的に解釈し、英国版とは差をつけていこうと思います。ではいきます。

1.まず、必須調味料のデフルトゥムをつくります。適当な器に赤ワインを15ccくらい(適当)入れて、質量にしてワインの1/3程度ラベンダーの蜂蜜を入れ、30秒ほどレンジで温めます。熱されて蜂蜜の溶けたワインに、ローズマリー(生でも乾燥でも)を適当にぶちこんでおき、冷めていく過程で香りが移るようにしておきます。

2.擂鉢と擂粉木を用意します。この時点で道具の古代ローマっぽさは諸国一。室町時代に禅寺の嘉肴とされた、柚味噌(※現在の柚味噌とは別)を擂鉢でつくるときの要領で、松の実(50g)を擦って擦って擦りまくります。油が出るまで擦ります。ちなみにここで松の実を50gとしたのは最寄りのスーパーで松の実が一袋50gだったからで、特に意味はありません。

3.デーツという名前で市販されている干ナツメヤシを3個くらい、繊維に従って指で縦に裂き、デフルトゥムと一緒に2に混ぜ入れて摺りこみます。デーツは案外すぐにほぐれて全体がネチッという音をたてます。よき連帯の証かと。

4.魚醤(今回はアッラガルムを使用)と米酢を2対1の割合であわせ、ネチッギチッとしている3をほぐすようにお好みの分量を混ぜていきます。ちょっとずつ足していくと、熟した柿みたいな粘度になったあたりで松の実の味が際立つ瞬間が来るのでそこでストップしとくのがいいと思います。魚臭くても大丈夫です後で臭みは打ち消されるので。これにて赤ソース完成です。

5.アサフェティダオレガノの葉胡椒をゴリゴリします。配合はノリで。両者がオレガノの水気にくっつき、鼻がスーッとすればいいんだと思います。アサフェティダがない場合、刻みセリ(1株)と擦りおろしセロリ(1/2本)と刻みパクチー(3株)を擂粉木でゴリゴリして臭い草の汁を出します。でもやっぱりアサフェティダがいいよ。これを緑パウダーと呼びます。

6.市販の粒マスタードは酢漬け擦り潰しからしなので、古代料理にそのまま使えます。ディルの種子と粒マスタードを質量1:3くらいで混ぜる。これを黄ソースと呼びます。

7.茹でた豚肉や鶏肉を皿にのせる際、保温のために表面にオリーブオイルを纏わせます。肉の上で赤ソースと黄ソースを1:2くらいで混ぜ、緑パウダーを好みに合わせて適量つけて食べるとめっちゃ美味しいです。【完成】


え?オリーブオイルがソースに混ざってないしソース自体三種に分かれてるって?うるせえこれがジャパンスタイルだよ。中世以前の日本ではこうやって各自がソースをブレンドして好みの味付け(バランス)で食べるんですよ。いいじゃないですか古代っぽくて。魚醤にはパクチーでしょ。ガルムと突き抜けた香草系清涼感のバトルを、松の実&デフルトゥム&デーツが上品に支えてくれてそこにディルマスタードがいい仕事します。私としても無茶苦茶なことをやっている自覚はありますけども、古代人的には違和感ないと思うし仏版より原文に忠実だし仕上がりは英版より美味しいです。皆さんも是非お試しあれ。

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