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玉ねぎ三昧

 今夜は私の部屋に"うさぎ"が泊まりに来る。
 久しぶりに泊まりに来る。

 うさぎは、私だけが使う彼女への呼び名。
 彼女に初めて会った時に、私が勝手に付けた呼び名。
 初めて会った時の彼女は、色白で、歳のわりには小さくて、びくびくとしていて、キョロキョロと目配りしていて、とても可愛かった。
 私は「何だか、うさぎみたいね」と思って、見惚れた。それ以来、彼女のことをうさぎと呼んでいる。私だけの呼び名。

 うさぎは玉ねぎが本当に大好物。
 だから、今日は玉ねぎ三昧。
 玉ねぎの割合が異常に多いハンバーグ。オニオングラタンスープ。オニオンリング。玉ねぎの天ぷら。そして玉ねぎスライス。
 一抱え調達してきた玉ねぎは全部なくなる。
 全部、うさぎが平らげてくれる、筈。

 私も、うさぎも施設で育った。
 同じ学年だけれど、施設では私が少しだけ先輩。
 私は家族全員からの虐待から逃げてきた。いや、救い出してもらったて方が正しいか。
 うさぎは父親と兄が交通事故に巻き込まれて死んだ結果、母親との折り合いが悪くなって、放り込まれた口らしい。らしい、というのは詳しいことを聞いてないからだ。
 施設ではお互いにそういう所はつつかないというのが不文律になっているから。
 うさぎと最初に仲良くなったのは私だ。私が彼女のうさぎみたいな可憐さにたちまちに参ったからで、強引に私から仲良くなった。
 うさぎは私と違って、そこそこにちゃんとした家庭で育ってきたから、色んな常識とかあったし、頭も良かった。
 うさぎが頑張って私をしごいてくれて、成績を引き上げてくれたおかげで、私はうさぎと同じ高校に通えた。
 でも、その先の進路は違った。
 そこは仕方がない。そんなもんだ。

 そのうさぎが、久しぶりに会いにくる。泊まりに来る。
 だから、私はお昼過ぎから玉ねぎを刻んで、刻んで、刻み続けている。
 鼻がつーんときて、目が痛い。
 ずっと、涙を流している。涙を流し続けている。
 鏡を覗くと、きっと、私の目は真っ赤だろう。
 でも、構わない。
 だって、うさぎが泊まりに来るんだから。
 うさぎの好きなものでテーブルを埋めるんだ。

 私はうさぎが大好きだ。ずっと大好き。
 それはもう恋愛でしょう。
 間違いなく。

 でも、うさぎにとって、私はきっと姉妹。
 彼女の恋愛対象は男。
 ずっと、父親や兄の影を追いかけている。
 だから惚れっぽい。
 仕方ない。
 私は姉妹で、そして時に母親。
 そんなもん。

 私とは違うから、仕方ない。

 私は父親も兄も殺意の対象。そして母親も。
 父親から見ても、兄から見ても、そして保身ばかりの母親から見ても、私はダッチワイフだったから。
 でも、そんなことは、うさぎには言わない。
 だって、うさぎは家族から愛されていたもの。そんなうさぎが、私のことを知る必要はない。

 私はうさぎからの心配した眼差しは欲しくない。
 例外は学校の成績だけ。それ以外の心配はさせたくない。
 心配するのは私の役目。
 心配するのも、慰めるのも、私の役目。
 私は、そう決めたのだ。ずっと前から。

 うさぎが私の部屋に来るまでに、もう少しかかる。
 私は料理の進み具合を確認する。
 うさぎの到着時間から逆算して、料理を作っているんだ。
 うさぎが到着して、風呂場に追い立てて、我が部屋に常備の部屋着に着替えさせたら、すぐに出来たてが食べられるタイミングを考えながら、作業する。

 そろそろ、オニオンスライスの準備に入ろう。
 皮を剥いていると、また、徐々に涙が出始める。
 包丁を当てる頃には、出てくる涙も最高潮でしょう。
 でも、私には嬉しい涙だ。

 今夜も、うさぎは泣きにやって来る。
 また、男にふられた。
 だから、玉ねぎづくしを食べに来る。
 私の部屋にきて、うえん、うえん、泣きながら、玉ねぎを片っ端から食べていく。
 私はうさぎの話を聞き流しながら、うさぎの食べっぷりを眺めて堪能する。

 うさぎは惚れっぽい。
 そして、うさぎの愛し方はとてつもなく重い。一方的に気持ちを押しつけて、愛そうとする。
 そこに相手への配慮はない。完全に欠落している。
 それなのに「結婚するまでは処女でいる」という思想に強く囚われている。

 うさぎに、そんな歪んだ処女信仰を刷り込んだのは私だ。

 施設を出た子は、早婚傾向だし、シングルマザー率も高い。貧困率も高い。
 集団生活ありきの施設から強制的に追い出された子たちは、どうしても寂しい。
 寂しいから、手近な相手とくっついて、やることやってしまう。そうなりがちだ。

 私は、事ある毎にうさぎに囁いた。
 そういう風に寂しさに負けて、男に身体開いて、子供できて苦しむのだけは止めよう。
 ちゃんと生活できるようになって、結婚して、子育てに自信が持てる様になったら、その時にそういうことしよう。
 それまでは絶対にしないでいようね。
 そうでないと、自分も家族も不幸せだもん。
 私は、うさぎにそう囁いて、うさぎの心に刷り込んできた。

 だから、うさぎは頑なに男には身体を晒さない。身体を開かない。
 だから、うさぎは、すぐに、ふられる。

 当たり前だ。
 一方通行の愛情はとても重く、身勝手なくせに、肝心の身体は委ねてくれない。
 男の性欲には無頓着で無慈悲。
 そんな女、すぐに男に捨てられる。

 ましてや、うさぎは上品な色白で、愛くるしい顔立ち。出るとこ出ていて、それでいて標準体重。
 そんな女が横に居ても、手を出すことができない。
 男には地獄だな。

 男め、いい気味だ。

 うさぎは私だけのものだ。
 うさぎを抱きしめて眠れるのは、私だけだ。
 私だけの特権だ。
 そのために、私のベッドはセミダブルなんだ。
 男にふられて、くすんくすんと泣きながら眠りにつく、そんなうさぎを遠慮なく抱きしめて寝る。それは私の特権だ。

 うさぎにたぶらかされて、お預けくらった男め、いい気味だ。

 私は涙を目尻に溜めながら、にんまりと笑って、玉ねぎを刻む。刻む。刻む。刻む。

 いい気味だ、男め。
 うさぎは私のものだ。触るな。

 私は玉ねぎを刻む。うさぎのために刻む。刻む。刻む。刻む。目尻に涙をたたえながら、玉ねぎを刻む。刻む。刻む。


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