見出し画像

『黒い海』第58寿和丸沈没の真相

2008年6月23日、午後1時過ぎ。房総半島の最東端に位置する犬吠埼から東へ350kmほどの千葉県銚子市沖洋上で、1隻の漁船が突如として転覆した。パラ泊と呼ばれる安全性の高いやり方で洋上に漂泊していたのは、福島県いわき市の漁業会社「酢屋商店」が所有する第58寿和丸。その船上に乗り込んでいた漁師たちが右舷前方から突然「ドスン」という衝撃を感じると、直後に今度は「バキッ」という異様な音が起こる。そして、それから時間にしてわずか1~2分で全長38メートル、重さ135トンを誇る第58寿和丸は転覆してしまう。沈没までの時間もわずか数十分だったそうだ。奇跡的に洋上でレッコボートに捉まり生き延びた3人を除く17名が命を失う大事故だった。

これほどの海難事故がなぜ起きたのか。なぜ第58寿和丸は、パラ泊中にもかかわらずわずか数分にして転覆したのか。転覆時には大量の油が海洋へと流出し、生き延びた3名はまさに本書の表題でもある「黒い海」に呑み込まれることになっが、なぜあれほど大量の燃料油が一斉に流れ出たのか。
事故発生後、当初は横浜地方海難審判理事所が事故調査を担当するが、約3ヶ月後には組織改編に伴い運輸安全委員会へと引き継がれていく。調査にあたっては当然ながら生存者たちの証言を得ると共に、酢屋商店の野崎社長をはじめ関係者への聞き取りを重ねるが、陸地から350㎞も離れた洋上事故であることに加えて、わずか数十分で漁船が沈没してしまったこともあり、どうしても現場検証は難しい。そうした中、事故から3年近くも立った2011年4月22日、運輸安全委員会が第58寿和丸の事故調査報告書をようやく公表する。しかし、それはあの東日本大震災からわずか1ヶ月後のタイミングであり、日本中が震災被害に心を痛める中、3年前の海難事故に関する調査結果が耳目を集めることは殆どなく、事実上「終わった事故」になっていく。

だが、運輸安全委員会の報告書は、関係者にとって決して納得できるものではなかった。なぜならば、報告書が第58寿和丸の転覆理由を「波」としており、また海洋に流出した油量についてもわずか15~23リットルと推定していたからだ。酢屋商店社長の野崎を筆頭に、誰よりも漁船をよく知る漁師たちの常識が、そして3名の生存者たちが生死の狭間で目にした現場の光景が、強烈に訴えていたのだ。あの事故の原因は、決して波などではないと。

本書は、この第58寿和丸沈没事故の真相を追った迫真のノンフィクションだ。10年以上前の事故だという点に加えて、著者の仮説を立証していくには国際軍事機密という巨大な壁が立ちはだかる。今となっては潜水調査による船体確認も不可能な状況で、国家レベルを相手にあの悲劇的な事故の裏側に隠された真実を掴み切れるだろうかと考えると、極めて困難な戦いにならざるを得ないというのが正直なところだろう。

それでも、本書を通じて著者があの事故に切り込んだことには、間違いなく意義があると思う。真実を呑み込む「黒い海」というのは、あの日の洋上だけではないのかもしれないのだ。著者の取材力とその鋭い筆致が、ノンフィクションライターとしての今後の活動の中で、どのような景色を浮き彫りにしていくのか要注目だ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?