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チョロいの、くさび【毎週ショートショートnote】裏お題

石切山の切り出し現場。僕は師匠の作業を見ていた。

キィーーーン、キィーーーン。

その筋肉質の腕はしなやかに後方に振り上げられ、固く握られたハンマーは力をためる。ハンマーは弧を描き、くさびの頭を正確に狙った。ハンマーがくさびを岩に押し込むたびに、高い金属音が響き、その音は耳の奥に残る。

「やはり師匠の音は違いますね」

「音はお前もワシともう同じじゃよ。チョロいもんじゃよ。突然で悪いんだがの、ワシは今日をもって引退させてもらうよ。社長にはもう伝えてあるんじゃ。とある病気にかかって、長くないのじゃ」

「し、師匠、あまりにも急ですよ」

「すまん。ワシはもう無理なんじゃ」

「師匠……」

「お前がくさび打つのは、もうチョロいの、くさび打つのは……あとは、ケガだけは気をつけろよ」

「師匠……わかりました。あとのことは任せてください」

師匠は無言でハンマーを手渡してきた。

僕は受け取った瞬間にわかった。

ハンマーよりも重たいものを受け取ったことを。


(410字)


たらはかに(田原にか)さんの企画に参加させていただきました。

※ウッドベースのような文章を書きたい。


*この記事は、以下の企画に参加しております。





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